今回のテーマは民法185条が定める他主占有から自主占有への変更についてです。
その要件となる「新たな権原」について、説明します。
併せて、相続と「新たな権原」をめぐる論点についても見ていきます。
占有の性質
自主占有とは、所有の意思のある占有を言います。要は、自分のものだと思って、物を所持している状態です。
これに対して、他主占有というのは、自主占有以外の占有のことを指します。
たとえば、人から車を借りて使用しているというとき、借主は車を自分のものだとは考えていないはずですから、これは他主占有です。
占有概念について解説した記事です。占有の態様についても解説していますので、併せてご参照いただければ幸いです。
他主占有から自主占有へ:民法185条
他人のものだと思って物を所持していた場合でも、事後的に自主占有に切り替わることがあります。
その要件について規定しているのが民法185条です。
権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。
この条文によれば、占有の性質を変更するためには、次のいずれかの要件を満たす必要があります。。
① 自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示する
② 新たな権原によりさらに所有の意思をもって占有を始める。
このうち①は分かりやすいですね。
「今から俺の物ね」と占有をさせた者に所有の意思を表示することで、要件が満たされます。
他方で分かりにくいのは②の方です。「新たな権原」って何だ?というのが問題になります。
新たな権原(新権原)とは
要件②が定める「新たな権原」(以下、「新権原」という)というのは、自主占有を外形的に基礎づける原因のことを指します
大雑把に言えば、自主占有になるのが普通だよね、といえる外形的な事情のことです。
たとえば、車を借りて使用していたという例で、借主が貸主からその車を買い取ったという場合、借主は、買い取った時点から、その車が自分の所有物だと考えるのが普通です。
そこで、この場合、当該売買を新権原として、他主占有が自主占有に代わります。
売買のほかにも、贈与や交換なども「新権原」に当たり得ます。
相続と「新たな権原」
では、相続はどうでしょうか。次の事例でBさんは動産を自主占有していると言えるでしょうか。
被相続人であるAさんは、ある動産を借りて使用していた。
その後、Aさんが他界し、Bさんがこれを相続した。
その際、Bさんは、その動産につき、もともとAさんの所有物(実際は他人の物だが)だと考えていたから、相続後も自分のものだと疑わなかった。
昭和46年11月30日判決
この点に関し、最高裁は、相続によって、新たに相続財産を事実上支配することにより、これに対する占有を開始した場合において、その占有が所有の意思に基づくものであるときは、「新たな権原により」、相続人は自主占有をするに至ったものと解される旨判示しています。
上告人らは、右訴外人の死亡により、本件土地建物に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに本件土地建物を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく、したがつて、かりに上告人らに所有の意思があるとみられる場合においては、上告人らは、右訴外人の死亡後民法一八五条にいう「新権原ニ因リ」本件土地建物の自主占有をするに至つたものと解するのを相当とする。
この判決内容に従えば、相続人は、被相続人の他主占有ではなく、自らの自主占有のみを主張することが可能です。
それゆえ、相続人が長期にわたって目的物を占有していたという場合には、時効取得も成立する余地が生じます。
時効取得の要件や時効取得に絡む諸論点を解説した記事です。
最高裁平成8年11月12日判決
ところで、上記昭和46年11月30日判決は、相続人が自己の占有につき自主占有を主張しうる場合として、占有者たる相続人に「所有の意思があるとみられる場合」という要件をあげています。
この判決がいう「所有の意思があるとみられる場合」に関連して、最高裁平成8年11月12日判決は、さらに次のように述べています。
他主占有していた被相続人を相続した相続人の「占有が所有の意思に基づくものであるといい得るためには、取得時効の成立を争う相手方ではなく、占有者である当該相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を自ら証明すべきものと解するのが相当である。
この判決に従えば、相続人側で、相続人が、その目的物の所有者であると振舞ってきた外形的な事情を立証することが必要です。
たとえば、所有者として、目的物を排他的に管理してきたことを裏付ける諸事情を相続人側で積み上げる必要があるといえます。
補足 所有の意思の推定が働かない理由
ところで、時効取得における所有の意思は、通常、占有の事実から推定されます。その根拠となるのは民法186条1項です。
占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
ところが、上記平成8年最高裁判決では、相続によって自主占有に転換した場面では、この186条1項は機能しません。所有の意思が推定されないのです。
この点について、同判決は次のように述べていますので紹介します。
「けだし、右の場合には、相続人が新たな事実的支配を開始したことによって、従来の占有の性質が変更されたものであるから、右変更の事実は取得時効の成立を主張する者において立証を要するものと解すべきであり、また、この場合には、相続人の所有の意思の有無を相続という占有取得原因事実によって決することはできないからである。」
おおきく二つ述べていますね。
一つは、元来被相続人が「他主占有」していたのを「自主占有」へ変更する場面なんだから、法律関係の変動でしょ?そして法律関係の変動については、それによって利益を受ける側が立証しなきゃいけないのが普通でしょ?という発想からの理由付けです。
もう一つは、相続による占有開始に際しては、相続人が自主占有になる場合もあるけど、他方で、他主占有のまま承継する場合もあるんだから、被相続人が他主占有者だったとしたら、相続人が自主占有になるっていう経験則はないよね?って発想からの理由付けです。
学生の頃、私、上記の論点に関し、なんで相続人側から立証しなきゃいけないんだって悩んでいたことがあります。
186条1項との関係が分からなかったからです。
この点について、判例は難しい言い回しをしていますが、思考の整理としては「元々、被相続人が他主占有なんだから、相続人も他主占有である蓋然性がそれなりにある、だから、相続人が単に占有しているからといって、自主占有っていう推定は働かない。」って考えておくのが簡便かもしれません。