民法186条と188条~占有による平穏・公然と善意及び無過失の推定~

民法における占有には、一定の事実を推定する効力が付加されます。

今回のテーマは、民法における占有が有するその推定効についてです。

その根拠となるのは、民法186条と民法188条。

以下順にみていきましょう。

民法186条について(平穏・公然・善意の推定)

まずは186条について見ていきます。条文の規定は次の通りです。

民法186条
第1項
占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
第2項
前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。

この規定に言う「平穏」というのは、占有が暴力などによりなされていないことを意味し、公然というのは、占有が秘密裏に行われてない、ということを意味します。

また、ここでいう「善意」というのは、自分に本権があると占有者が信じていることを指します。

この推定規定は、いわゆる「善意占有」の推定にも働きますが、より重要な場面で重要な役割を果たします。

それが動産の即時取得や取得時効の場面です。

即時取得との関係

即時取得に関し、民法192条は、即時取得に関し、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する」と定めています。

この192条が求める即時取得の要件の内、「平穏」・「公然」・「善意」は、上記186条によって推定されます。

反証がない限り、これらの事実ないし評価が、肯定されることとなるため、即時取得を主張する側の立証責任は大きく緩和されます。

時効取得との関係

また、時効取得の場面でも186条は機能します。

民法162条からも明らかなとおり、時効の成立には、「平穏」・「公然」の要件の充足が必要ですが、この要件も、民法186条にて推定を受けます。

また、短期時効取得については、これに加え、占有開始時点における「善意」「無過失」が要件として必要となりますが、このうち、「善意」についても、やはり推定が働きます。

つまり、短期時効取得については、「平穏」・「公然」・「善意」といった要件につき推定が働くわけです。やはり、立証責任が大きく緩和されることになります。

民法188条について(無過失の推定)

では、即時取得または短期時効取得の要件となる「無過失」についてはどうでしょうか。次に民法188条を見てみましょう。

民法188条
占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。

即時取得と無過失要件の推定

上記規定により、占有者による権利行使については適法(権限がある)であるとの推定が働きます。

つまりは、相手方としては、占有者に適法に権限があると信じてもよい、ということです。その結果、相手方は、占有者の権限の瑕疵につき無過失であるとの推定を受けます。

売買の場面などでは、「その物を売る適法な権限が売主にある」との推定が働く結果、買主がそれを信じることについても無過失であるとの推定が働くわけです。

この規定により、即時取得の要件の内、無過失の要件も推定されます。

少しまとめると、即時取得に関していえば、平穏・公然・善意・無過失が民法186条と民法188条により推定されることとなります。

その結果、取引によって目的物の占有を得たものは、ほとんど立証活動なく、即時取得の成立を主張できる、というわけです。

短期時効取得と民法188条

では、短期時効取得の要件としての「無過失」も民法188条で推定されるでしょうか。

時効取得の場面では「無過失」は推定されない

先に結論を述べると、この点については否定です。時効取得の場面における無過失については民法188条の推定が働きません。

個人的には、取引を契機とする占有開始については、188条が機能すると解するのが素朴な発想のように思うのですが、通説・判例はこれを否定します。

なぜ即時取得につき推定され、時効取得の場面では推定されないのか

では、なぜ即時取得の場面では民法188条による無過失の推定が働き、時効取得の場面ではこの推定が働かないのでしょうか。

この点、まず着目すべきは、少数説ながらも、188条の推定は時効取得の場面でも働くという見解もある点です(試験対策や実務において、その見解に乗りにくいのは十分に分かりますが、ここでは少数説があるという事実にウェイトを置いています)。

188条の文言を前提としてもこうした少数説がある以上、188条の文言自体は解釈の決定打になりにくいと思われます。188条をいくら眺めていても、なぜ無過失は推定されないんだ?という疑問の答えはおそらく出てきません。

この答(通説の根拠)は、条文制定の沿革に求められます(1999年初版発行の「取得時効法の諸問題」(藤原弘道著 有信堂)参照)。

民法188条は、動産取引の安全を念頭に置いて制定された規定であり、時効取得の場面を想定していたものではない、という制定経緯に依拠して、民法188条は、時効取得の場面では働かない、との結論を導き出すわけです。

大雑把に言えば、188条自体を、「動産取引の安全を図る」規定であるという見方をするものです。

(※ なお、私自身は、こうした沿革を理由にされてもピンときません。とはいえ、勉強のためには、通説・判例の立場を抑えなければなりませんから、私と同じくピンとこない方は、もうつべこべ理屈で考えるより、「即時取得→無過失推定あり」、「時効取得→無過失推定無し」と端的に覚える方が早いかもしれません。)

補足 ~私の記憶定着法~
私は、学生の頃、無過失推定が働くのって時効だっけ、即時取得だっけ?と曖昧になることがありました。おそらく同じような経験をされた方いるのではないでしょうか。

即時取得について無過失が推定されるが、時効取得については無過失は推定されない、これは選択式のテストなんかでは頻出ですが、私個人としては、教科書を何度読んでも記憶が定着しなかった覚えがあります。

この点に関しては、私は、「即時取得は取引の場面だから、前主の権限の適法性が常に問題になるけど、相続による占有開始とか、事実行為による占有開始とかを考えると、「時効取得は、前主の権利行使の適法性なんて関係ない場面があるよなー」と次第に考えるようになり、だから188条は時効取得には機能しないんだ、と思考するようにしていました。

この思考が的を射ていたかはともかくも、民法188条が定める「適法な権利行使」か否かは取引の場面で問題となるのであって、時効の場面で常に問題になるわけではない、だから188条は時効の場面では機能しないんだ、という思考法は、もしかしたら関連事項をつなぐ記憶定着法としては便宜かもしれません。

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