今回のテーマは、「公序良俗」についてです。読み方は「こうじょりょうぞく」。
この用語は、インターネットなどを見ていると、たとえば、「公序良俗に反するサイト」、「公序良俗に反する言葉」などとといった表現で用いられる言葉です。
また、民法においても、「公序良俗」は民法90条に規定されており、重要な概念となっています。以下、民法90条を中心に、定義やその違反の具体例を確認していきます。
公序良俗の意味
公序良俗とは、公の秩序、善良な風俗を指します。
そして、ここでいう秩序・風俗というのは、社会における一般常識・ルールを意味します。
つまり、社会において、破ってはいけない一般的なルール、ないがしろにしてはならない一般常識を公序良俗というのです。
公序良俗の内容は時代の変化などによって変わりうる
公序良俗の概念は国や時代、地域の文化によっても異なりえます。たとえば、「歩きたばこ」について見てみましょう。
10数年前は、わりと一般的に行われていた「歩きたばこ」。でも、最近、社会の見る目は厳しくなっています。「歩きたばこ」はしてはならないというルールが、社会に根付きつつある。将来はルールとして、さらに確固なものになっているかもしれません。
他方で、海外では、まだ歩きたばこの禁止が、社会のルールとして意識されていない国が多くあります。日本国内を見ても、東京や横浜といった大都市圏に比べ、歩きたばこ禁止が一般的なルールになっていないと思われる地域もまだあります。
このように、社会のルールは、時代や国・地域によって変わり得ます。そのため「公序良俗」の内容も、時代等によって変化するのです。
言葉の使い方
この用語は、たとえば、その行為は「公序良俗に反する行為だ」といった使われかたをします。
法律的な意味合いを一旦措いておけば、その意味は、「その行為は社会常識に反する行為だ、認められない」といったネガティブな意味合いになります。
逆に、「公序良俗の範囲内である」といったときは、その行為は、社会的に見て許容しうるものだ、という意味合いになります。
民法90条について
さて、当ブログは法律のブログですから法律の話をしましょう。
上記のような公序良俗に関し、2017年改正後民法は、その90条において次のように定めています。要は、公序良俗に反する法律行為については契約の効力を認めない、というわけです。
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
以下、同条の役割・内容、効果等をそれぞれ見ていきます。民法90条を理解することが公序良俗の意味を理解する近道です。
民法90条の役割(強行法規との関係)
ところで、法律の中には、違反した場合にその違反行為の効力を否定する機能をもつ規定があります。これを強行法規ないし強行規定といいます。
たとえば、民法第146条は、「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない」と定めていますが、これは強行法規です。これに反する合意を当事者間でおこなったとしても、その合意は同条違反により無効とされます。
このように、強行法規に違反する行為については、個別の法律違反を理由に、その効力は無効とされます。
国は、ある行為を禁止しようとするとき、強行法規を制定することにより、その目的を実現することができるのです。
にもかかわらず、民法90条が公序良俗違反を無効とする旨定めたのはなぜでしょうか。
前述したように、公序良俗の内容は、時代や地域などによっても変わり得ます、また、人間がつくる法律は万能ではありませんし、国家が、すべての事象に対応する個別規定を作るのは不可能です。
そのため、上記のような強行法規だけでは補足しきれない事象に対応する規定が必要となります。それが民法90条です。
「法律には書いてないけど、それをやったらお仕舞よ」、というものを民法90条で包括的に無効とすることで、社会の秩序、ルールの維持を図ろうとしているのです。
民法90条は、強行法規では補足しきれない非常識な行為を禁止するという役割を果たすことになります。
強行法規の意味や具体例、これと対になる任意法規の意味などについて解説しています。民法上の具体例も挙げていますので、民法の強行法規ってどんなのがあったかな?という方も是非ご参照ください。
公序良俗違反とされるのはどんな場合か
では、民法90条により、公序良俗に反し、法律行為が無効とされるのはどんな場合でしょうか。
上記の通り、民法90条は、「公の秩序又は善良の風俗に反する」ものを無効とする規定です。
この「公の秩序・善良の風俗」という文言は抽象的であり、この民法90条が多用されれば、、自分のしようとする法律行為は有効なのか無効なのか、常に悩まなければならないということになります。要は、予測可能性が著しく害されるわけです。
また、強行法規に反しない法律行為については、「法律違反じゃないんだから有効でしょ」と考えるのも自然な発想です。そうすると、民法90条を実際に適用するには、慎重でなければなりません。
そのため、民法90条が定める「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為」というのは、社会常識・ルールを大きく逸脱した法律行為に限定されます。
法律上、よく用いられる表現を借りれば、これを「社会的相当性を著しく逸脱した行為」と表現します。
ちょっとぐらいのマナー違反・常識違反では、民法90条は適用されません。
ニュアンスとして伝わるか否か自信がないのですが、「ちょっとそれ酷くない?」程度では公序良俗違反にはならず、「それは、誰がどう考えてもあまりに酷いでしょ。やりすぎだよ」、といったものが公序良俗違反になります。
民法においては、契約自由の原則が基本原理の一つになっています。どんな契約も当事者の意思で自由に決めていいよ、という考え方です(契約自由の原則とはの記事もご参照ください。)。
お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、公序良俗により契約を無効とするのは、当事者が決めた契約の効力を否定するものですから、契約自由の原則とは緊張関係に立ちます。
そのため、公序良俗に違反するか否かは慎重に判断する必要があり、公序良俗に違反するのでは、と裁判で争いになったとしても、現に違反であると判断されるケースは限定的です。
なお、刑法に違反する法律行為を目的とする契約も、公序良俗に反するか否かは個別に判断されます。
刑法典に触れるケースは、公序良俗にも反すると判断される例が多いと思いますが、だからといって、私法上無効となるかは、論理的に別問題です(民法と刑法の記事もご参照下さい。)。
犯罪の類型・重大性、抵触の程度その他の事情を加味して、私法上の効果の有無を個別に検討していくことになります。
詐欺や背任、盗品等に関する犯罪をすべて私法上無効とすべきか、ご関心がある方は各自、考えてみてください。
動機の不法について
公序良俗違反は、その行為そのもの自体に問題があるという場合だけでなく、その行為の動機などに問題がある、という場合にも生じえます。
たとえば、ある大型の刃物を売買しようとするとき、それが、その刃物の本来の用途に即した日常使用目的での売買であれば公序良俗違反は生じません。
しかし、その刃物を犯罪目的で売買するなど、よからぬことを動機とする場合、公序良俗違反の可能性が生じます。
表面的・外形的には何ら問題がない場合であっても、その法律行為の動機ゆえに公序良俗違反とされる例が生じるわけです。
90条違反の効果
次に、民法90条に違反した場合の法律効果について確認しましょう。
絶対的に無効となる
公序良俗に反した法律行為は絶対的に無効とされます。
ここで「絶対的に」という意味は、その法律行為は、だれにとっても無効である、社会的(対世的)に無効であるという意味です。
契約当事者だけではなく、だれからでも無効を主張することができます。
給付物の返還不要(不法原因給付)
また、通常、契約が無効となった場合、その契約に基づいて給付された物は、契約が無効となる以上、相手に返還しなければなりません。
しかし、公序良俗によって契約が無効となる場合、すでに給付された物があっても、契約当事者は、これを返せ、とは原則として言えなくなります。
たとえば、違法な超高金利の業者から10万円を借り入れたとしましょう。この金銭の借り入れが、公序良俗に反し無効とされる場合、借主は、業者に対し、借りた10万円は返さなくてよい、ということになります。
結構過激な結論に思うかもしれませんが、不法な原因に基づく給付を返せという権利は、もはや保護に値しないからです(民法708条第1項)
民法708条により、「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。」ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
公序良俗違反の具体例
以下、裁判例をもとに、公序良俗の具体例を見ていきましょう。公序良俗違反の内容につき、個別ケースを理解しておくことで、イメージが深まるはずです。
暴利行為
一方当事者が、自らの利益をあまりにむさぼる暴利行為は、公序良俗に反し、無効と判断されます。
闇金業者による貸し付け・取立
暴利行為の典型が、いわゆる闇金業者による貸し付け・取立です。公序良俗に反するものの最たるものの一つでしょう。
利息制限法所定の金利をはるかに超えた超高金利の貸し付けを行い、その利息及び元金の取り立てを苛烈に行う業者(いわゆる闇金)が行った金銭の貸付は、公序良俗に反すると判断されます(参照平成17年1月27日福岡高等裁判所判決等参照)
また、闇金に対しては、元金すら返還不要とする最高裁の判決平成20年6月10日判決も有名です。
ホストの売り掛け保証
また、ちょっと非日常的な場面ですが、暴利行為の一つとして、ホストの売掛保証が俎上にあがることがあります。
ホストの売掛保証というのは、顧客の売掛金を、担当ホストに担保・保証させる行為です。要は顧客がツケを払えない場合に、これをホストに負担させる行為です。これも、公序良俗に反するとされることがあります。
飲み食いした顧客の多額の売掛を担当ホストが担保しなければならないとすると、店側はホストの負担で、リスクを負わず、売り上げをあげていることになる、等の構造があるからです。
この点については、東京地裁が平成9年10月28日に、ホストの売掛保証を公序良俗に反し無効としている点が参考になります。
上記東京地裁平成9年10月28日判決を紹介した記事です。判決を読んで、こんな世界があるんだと知りました。
ぼったくり
現実社会で一番直面しやすい暴利行為がこれかもしれません、ぼったくり。
バーやキャバクラなどで超高額の飲食代金やチャージ料を請求されるといったケースです。
このぼったくりについては、公序良俗違反であり、客は、売買代金を支払う義務を負わないと判断した裁判例があります。
暴利行為か否かを判断するために、裁判所がどのような事情を酌んでいるのか、参考になる裁判例の一つです。
ぼったくりに対して支払いを拒みうる法的根拠を裁判例とともに説明します。民法を学んでいる方においては、なぜぼったくりに対して代金を支払わなくていいのかは、民法総論の理解を問う格好の素材となりますのでぜひ検討してみてください。
超長時間の固定残業
労働の場面で、公序良俗違反が問題となることもあります。
その一つが、固定残業制の下、超長時間残業を労働者・従業員に行わせることを予定した労働契約が公序良俗に反しないか、という問題です。
たとえば、毎月の固定残業時間を80時間と定めて、労働者に超長時間の労働をさせている、というような会社で問題となりえます。
会社の利益が、労働者の健康を省みないものとなっているからです。
この点については、80時間の固定残業時間を定めた会社の労働契約が公序良俗に反するとされた東京高裁平成30年10月4日判決が参考になります。
定年年齢を男女で区別
労働問題に絡めて言えば、定年年齢を男女で区別することも問題となります。具体的には、女性の定年年齢を、男性のそれより低く定めている、といった場合等に問題となります。
この点につき、昭和56年3月24日最高裁は、就業規則において、女性の定年年齢を、もっぱら女性であることのみを理由に、男性よりも低く定めたのは、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして、民法90条の規定により違法であると判断しました。
性差だけで区別するのは問題があるとしたのです。この男女の定年年齢の区別が、公序良俗に反するのでは?と裁判で大きな問題になったのは、昭和の時代ですが、現在でも維持される(あるいは、より強化されるべき)考え方だと思います。
妾契約・愛人契約
妾契約・愛人契約も公序良俗に反する行為とされる典型例です。
愛人でいてくれるなら、金銭を支援しよう、などという合意が妾・愛人契約の内容ですが、これは、婚姻秩序等を害するものとして、公序良俗に反しえます。
ただ、実際の事案においては、合意の内容が本当に妾契約・愛人契約と言えるものなのか否か、という点が裁判では問題になり得るところです。
この点については、次の記事をご参照ください。
妾契約:愛人契約について解説した記事です。契約の意味や、愛人に対する給付が上記に挙げた不法原因給付に該当するか否かの判断過程等について説明しています。
別れさせ屋
また、ちょっと変わったところでは、「別れさせ屋」と呼ばれる業者との間で行う別れさせ工作契約が公序良俗違反ではないか、が議論されることがあります。
たとえば、単純な恋愛関係にある当事者を別れさせるために、種々の工作を業者に依頼するなどがその契約の内容です。
裁判例では、別れさせ工作を依頼する契約が公序良俗に反しない、とされた例があります。
ただ、単純な恋愛関係にある当事者を別れさせようとする工作と、法律上の夫婦を離婚させようとする別れさせ工作については、これを分けて考える必要があるように思います。
別れさせ屋について、その手口や公序良俗違反を問われた裁判例を紹介しています。また、別れさせ工作における肉体関係の有無は公序良俗違反か否かの判断に影響を及ぼすのか、といった点についても検討しています。
不法な動機で締結された生命保険・医療保険契約
最後に紹介するのは生命保険や医療保険契約についてです。
もちろん、生命保険契約や医療保険契約は、それ自体は全く持って合法。問題となるのは、保険金取得を目的に、当事者がよからぬ動機のもと、契約を欲した場合です。
たとえば、契約締結後にあえて交通事故を起こして治療費や所得補償などの給付を受けることを企図して保険契約を締結するといった場合に問題となります。
こうした不法な動機、不正受給目的で行われた保険契約は、公序良俗に反し無効と判断されます。参考になるのが平成3年の3月27日大阪地裁判決です。
不正受給目的で締結された保険契約の効力につき、不法な利得目的を達成するために不可欠の手段として締結された契約であることなど理由に、公序良俗違反として無効と判断しています。
最後に
以上、公序良俗違反につき、民法90条を中心に、その意味や概念、具体例を見てきました。
さらに理解を深めるためには、個別のケースをそれぞれ見ていくことが重要となります。
文中関連記事にて、個別ケースに関して、公序良俗違反に関する記事をいくつかリンクしていますので、ぜひご参照いただければ幸いです。