契約自由の原則とは

今回のテーマは、民法の基本原則の一つである「契約自由の原則」についてです。

種々の考え方はあるものの、この原則は、「所有権絶対の原則」や「過失責任の原則」とい並び、民法の三大原則に位置付け得る重要な原則です。

近時話題となったNHK訴訟についても少々。

契約自由の原則とは その4つの内容

契約自由の原則とは、人がその自由意思に基づいて契約をすることができるという原則です。

様々な定義の仕方がありますが、ポイントは、人が自分の「自由な意思」により、契約を行える、という点にあります。

そして、この原則には4つの種類が有ると言われます。

①締結の自由、②内容の自由、③相手選択の自由、④方式の自由の4つです。

以下、それぞれ、その意味を見ていきます。

締結の自由

締結の自由というのは、契約をするかしないかを決定する自由です。

たとえば、売買契約における買主の立場において、買うか買わないかを最終的に当事者の判断で決められることをいいます。

内容の自由

内容の自由というのは、契約内容を当事者の意思に基づいて決定できる、という自由です。

家電製品の売買に際して、代金を値切ったりする行為は、売買代金をいくらにするか、当事者間の合意の内容をその意思に基づいて決めようとする行為です。

その内容を当事者間で自分たちの判断で決められるからこその行為と言えます。

なお、民法の物権法の分野では、物権法定主義という原理が機能しています。これは所有権や抵当権といった物権の内容は、法律で定められた内容に従う、という原理です。

これに対して、債権については、契約自由の原則の下、その内容を当事者の意思で決めることができるのが原則となります。

債権が、法律で権利の内容が定められている物権とは対比的な特徴を有することが分かると思います。

相手選択の自由

相手選択の自由というのは、合意の相手を自分の意思で決められる、という自由です。

いわずもがな、家電をベスト電器で買うか、コジマで買うか、アマゾンで買うか、買主は自由に決められます。これは、その相手を選択できる自由の一つです。

方式の自由

方式の自由というのは、契約を行うために、特定の形式を必要とせずその形式を当事者が決定できる、という自由です。

契約を口頭でするのか、書面でするのかといった点を当事者が決められることをいいます。

契約の自由の根拠と社会的な意味

次に、この原則の根拠と社会的意義について見てきます。

同原則の根拠について

根拠は、理念的根拠と実定法的根拠(民法上の根拠)の二つに分けることができます。

契約自由の根拠は、理念的根拠は「私的自治」に求められます。

実体法的根拠は、民法521条等です。

理念的根拠は私的自治に求められる

まず、理念的根拠についてです。

近代社会においては、人は自由・平等であるという法思想の下で、自らの事を自分で決められるようになりました。個人の意思が尊重される社会となったのです。

当該社会においては、人が自らのことを自ら決める「私的自治」が妥当します。上記に挙げた契約の自由はこの「私的自治」を根拠とします。

誰とどんな契約をするのかといった点も、人が自分の行為を決める私的自治の一場面であり、そこでは個人の意思が尊重される、というわけです。

実定法的な根拠(改正民法において)

実定法的に根拠を求めるとすれば民法です。

従来、契約自由の原則は、いわずもがなの当然の前提と考えられており、この原則を正面から規定する規定はありませでした。

しかし、今般の民法改正により、民法典に規定が追加され同原則が明文化されました。改正民法第521条及び同法522条第2項をご参照ください。

なお、これらの規定を読む際には、「法令に特別の定めがある場合を除き」との留保がある点に注意してください。

この留保は、法律で、同自由が制限されたり修正されたりすることがあることが明らかにするものです。

<民法の規定>
第521条
1 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。第522条
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

資本主義の発展に寄与

契約の自由は、資本主義における自由競争社会の発展に大きく寄与しています。

法律上、ある特定の定型的な契約しか行ってはいけない、という社会ではどうでしょうか。その社会では、革新的・独創的なアイデアやサービスを実現することはできません。

ビジネスにおいて、新たなアイデアを閃いても、定型的な契約しか行い得ない社会では、そのアイデアを実現する手段がないからです。

契約が自由であるからこそ、企業は、他社との競争に打ち勝つための革新的なアイデアやサービス、ビジネスモデルを実現できるのです。

そうだとすれば、この原則は、資本主義社会・自由競争社会の根幹をなす理念と言ってもいいかもしれません。

契約の自由の限界

ただ資本主義・自由競争社会を支えるこの原則にも限界があります。

この原則を硬直的に貫くことにより次のような社会的な弊害が発生するからです。

・差別が許容されかねない
・競争力のある者だけが勝つ社会となりかねない。

差別が容認されかねない

たとえば、企業が労働者を雇用する際、相手方選択の自由を前提とすれば、男性を雇う、女性を雇う、という選択は企業の判断に委ねられるはずです(同種の問題は、男女だけでなく、人種や国籍、信条等の区別によっても生じ得ます。)

しかし、これを全くの是とするのは、企業が女性を差別して男性のみを優遇して雇う、などの差別を容認するのと同義です。差別を容認・助長しかねない結果となります。これでは、当然のことながら、平等・健全な社会は築けません。

そうだとすれば、現代社会においてこの原則を原理的・硬直的に貫くことができないことは明らかです。

競争力がある者が勝つ社会となりかねない

また、この原則を貫くと、交渉に際して、交渉力、競争力がある者のみが利する契約がなされがちです。

交渉力のない弱者(企業から見た労働者や消費者)の犠牲の下、強者が勝つ社会が醸成されてしまいます。

たとえば、電気・ガス・水道といった公共事業を営む企業とや銀行等との契約についてみると、その約款の内容は予め定型的に定められており、そこでの合意は、企業側が望む定型取引にすぎません。

個人・消費者には定型化された約款の変更を求める交渉力はなく、その中身は相手方が決めた内容で定まります。

こうした場合において、強者たる企業に何らの制約もない自由を認めれば、弱者(上記例では「消費者」)の犠牲において強者のみが勝つ社会となり、公共の福祉が維持できない社会となりかねません。

契約自由の修正・例外

上記のような弊害を避けるため、現代社会においては、契約自由の理念にも大きな修正が加えられ、広範な例外が認められるようになりました。

<契約自由を修正するものの例>
⑴公序良俗
⑵強行法規・強行規定
 ・労働基準法
 ・消費者契約法
 ・独占禁止法などなど

たとえば、公序良俗に反する合意は、当事者間がその意思に基づいて合意の内容を定めていたとしても無効とされます。

また、当事者が自らの判断で決めた場合であっても、その内容が強行法規に反する場合、当該契約は無効と扱われたり、その内容の一部が修正されたりします。

以下、幾つか紹介しますが、この原則について幅広い例外や修正が認められているのが分かると思います。

公序良俗

契約内容を自由に決められると言っても、その内容が公序良俗に違反する場合、当該契約は無効です。

個人の自己決定は尊重すべきですが、個人の尊厳を害する、あるいは社会秩序を著しく害するようなものまで容認することはできません。

たとえば、暴利行為等は、公序良俗に反し無効となります。

ローテキスト

ここで関連記事を紹介!

公序良俗については次の記事で詳細に解説しています。

是非一度ご参照ください。

公序良俗とは?その違反について~民法90条~

強行法規・強行規定

また、契約自由の原則は、法律における「任意規定」(その内容を当事者の意思に基づいて変えられる規定)について妥当しますが、強行法規(強行規定)には妥当しません。

強行法規というのは、社会政策的な目的等から、当事者の意思によっても、その内容を変えることのできない規定です。

労働政策的観点から定められた労働基準法や消費者保護の目的で定められた消費者契約法、独占禁止法等に強行法規は多くみられます。

労働基準法について

労働基準法は労働者の保護を主たる目的で定めた法律です。

たとえば、1日の労働時間の上限等を定めています。契約自由の名のもとに、これに反する合意を有効とすれば、労働時間の上限を定めて労働者を保護しようとした目的が達成できません。

ここでは、当事者の自己決定よりも、労働者保護の要請が勝り、契約内容が一部修正されます。

消費者契約法について

消費者契約法は消費者を保護するための法律であり、各種の消費者保護法の一つです。

消費者契約法は、事業者・消費者間における合意の内容につき、一定の制限(たとえば、キャンセル時における違約金の定めなどにつき、平均的損害を超える違約金部分を無効とする等)を課しています。

消費者保護の要請から、消費者・事業者間での契約の内容を制限している訳です。

独占禁止法について

独占禁止法は自由競争の発展などを目的とする法律です。

独占禁止法の下では、たとえば、一定の市場における競争を実質的に制限するような企業の結合等は規制されます。

合併などを行いたいとの企業の意思よりも、自由競争を維持したいという社会的要請の方が勝るわけです。

ここでも契約の自由が制限されます。

NHK訴訟と契約の自由

契約の自由に対する各種法律による制約・修正等を見てきましたが、最後にNHK訴訟について触れておきます。

本訴では、表現の自由も争点となっていますが、ここでは最高裁判決(平成29年12月6日判決)における契約の自由に関する争点に限って言及します。

NHK訴訟に関する最高裁の判例

NHK訴訟というのは、受信設備を有する者にNHKとの契約をすることを義務付ける放送法64条が、憲法上保障されるべき契約の自由に反し、違憲ではないか等と争われた裁判です。

結論として、違憲との判断はなされませんでした。

契約の自由は憲法上の基本的権利に位置付けられるか。条文は?

同訴訟において、原告(視聴者側)は、契約の自由は、憲法上の権利であると主張しました。

その根拠とされた憲法上の条文は、憲法13条(幸福追求権)と憲法29条(財産権)です。

最高裁の判例は、契約の自由を憲法上の基本的権利と明確に位置づけたものではありませんが、詳細な理由を付して違憲ではないと判断していることから、憲法上、一定の保障の対象になる自由ないし利益という位置づけをしているように思えます。

公共の福祉の観点からの制約

もっとも、最高裁は、放送法の目的や手段の相当性から、受信契約の締結強制を定めた放送法64条を合憲としています。

これは、公共の福祉の観点(憲法13条等)から、憲法上の自由ないし利益の制約を容認したものです。

公共の福祉を根拠として、立法府たる国会の裁量を尊重し、比較的緩やかに合憲性を判断したものとも思われます。

最高裁判例の位置づけ・評価

放送法以外にも、契約の自由を制約する法律は多々あります。既にみた労働基準法や消費者契約法、独禁法などです。

ただ、NHK訴訟の最高裁判例が殊更に着目されるのは、放送法が、NHKの受信に関し、個人の契約の自由そのものをほぼ全面的に否定する法律だからです。放送法64条が、ほかの各種法律と比較してみても、契約の自由との緊張関係が極めて高い規定だから、ともいえます。

合憲の判断がされてはいるものの、契約の自由の根幹に関する裁判だっただけに、同自由ないし利益の憲法上の位置づけや、合憲との判断に至る判断基準については、より具体的な判断過程を示して欲しかったところです。