引渡しとは?現実・簡易の引渡し、指図による占有移転について

今回のテーマは民法が定める「引渡し」です。

民法は、第182条~第184条にかけて、引渡しに関し、4つの類型を定めています。

その類型というのは、①現実の引渡し及び②簡易の引渡しと③指図による占有移転及び④占有改定です。

ただ④の占有改定については、解説することが多いので別記事で紹介することとし、本記事では、引き渡しの中核概念及び上記①~③を対象に解説します。

なお、民法の理解という面では、これら占有移転の類型は、まずは、そのイメージをつかむことが重要です。

以下、「引渡し」自体の概念を確認したのち、①~③につき、具体例とともに概略を見ていきます。

引渡しとは

引渡しとは、意思的な関与に基づいて、目的物に対する占有を移転することをいいます。

定義上のポイントの一つは、「意思的な関与に基づく」ものであるということ、もう一つは、「占有が移転したこと」の二つです。

現実ないし簡易の引渡しであれ、指図による占有移転であれ、この二つのポイントが、共通の要素となります。

意思的な関与に基づくこと

まず、「引渡し」といえるためには、意思的な関与が必要です。

大ざっぱに言えば、曲がりなりにも、占有の移転がもともとの占有者の意思に基づいている、と言えることが必要です。

たとえば、目的物を盗まれた、という場合、目的物に対する現実の支配は移転するものの、本人の意思に基づくものではありませんので、これは引渡しではありません。

他方で、騙されて、あるいは脅されて、目的物を交付したという場合においては、一応、占有の移転が意思に基づくものといえますので、その占有移転は引渡しによるもの、ということになります。

占有が移転したこと

「引渡し」のもう一つの要素は「占有が移転したこと」です。

ここで占有というのは、大ざっぱに言えば、目的物を所持・支配している状態のことです(正確には、自己のためにする意思を持って、目的物を支配することを指します。)

直接占有と間接占有

また、占有には、現に目的物を所持している状態と、人を通じて目的物を所持している状態の二つがあります。

前者を直接占有といいます。

たとえば、私は今、パソコンを所持していますが、この状態をもって、私はパソコンを「直接占有」している、と表現するわけです。これはイメージしやすいと思います。

他方で、人を通じて目的物を所持している後者の状態のことを間接占有といいます。

たとえば、私がAさんに貴重品を預けている場合、私は、Aさんを通じて、その貴重品を「間接占有」している、ということになります。なお、この場合のAさんのことを「占有代理人」と表現します

なお、私がAさんを通じて貴重品を間接占有している、という場合、その貴重品はAさんが直接所持することになります。そのため、Aさんには「直接占有」が認められます。

関連記事:占有とは?その意味について
そもそも占有って?という方は、こちらの記事をご参照ください。占有概念全般につき解説しています。

直接占有・間接占有と引渡し

民法の定める「引渡し」の理解を深めるには、この「直接占有」と「間接占有」とを区別して把握しておくことが重要です。

まず、現実の占有の移転は、直接占有の移転(直接占有者が代わること)です。

そして、既に相手が目的物を所持している場合に、意思表示により占有を移転することを簡易の引渡しと呼びます。

また、指図による占有移転は、間接占有の移転(間接占有者が代わること)です。

以下、それぞれ見ていきましょう。

現実の引渡しとは

現実の引き渡しとは、目的物の占有を現に移転することを指します。

たとえば、Aさんが現に所持しているパソコンをBさんに手渡すと、パソコンを現に所持している者はAさんからBさんにかわります

これを現実の引渡しといいます。

また、たとえばアマゾンなんかで買物をすると、販売業者から配達業者に商品が預けられ、その後、配達業者によって商品が自宅に宅配されることになりますね。

この場合、商品の現実の占有は、販売業者から配達業者に、配達業者から買主に順次移転していくことになります。商品の現実の引渡しが繰り返されているわけです。

「占有」という面から言えば、現実の引き渡しというのは、直接占有者が変わることを意味します。

民法第182条1項
占有権の譲渡は、占有物の引渡しによってする。

簡易の引渡とは

簡易の引渡しとは、既に相手が目的物を所持している場合に、意思表示によって占有権を譲渡することを指します。

民法第182条第2項に規定される引渡しです。

民法第182条2項
譲受人又はその代理人が現に占有物を所持する場合には、占有権の譲渡は、当事者の意思表示のみによってすることができる。

制度趣旨

この民法の規定が想定している場面は、既に、相手が目的物を所持している場面です。

そのため、あとは、もともとの占有者の意思的関与があれば、「引渡し」の二つの要素(意思的関与+占有の移転)は実質的に充足されます。

それにもかかわらず、一度もともとも所有者に現実の占有を移転して、さらに相手方に占有を戻す、というのは、占有の移転方法としていかにも迂遠です。

そこで、民法は、すでに相手が目的物を所持している場合、「意思表示」によって「引渡し」をすることができるとして、簡易な引き渡しの方法を容認しています。

簡易の引渡しの具体例

具体例を考えてみましょう。

たとえば、Aさんがペンを落としたとして、Bさんがこれを拾ったとします。

Aさんはそのペンの直接占有を失い、Bがそのペンを所持している状態ですが、この占有の移転には、Aさんの意思的関与がないため、「引渡し」はまだ成立していません。

その後、Aさんが、Bさんが拾ったことを知り、Bさんに「そのペン、あげるよ、大事に使ってね」などと意思表示をすると、簡易の引渡しが成立します。

<補足>
なお、教科書的な例では、AさんがBさんに目的物を預けていたところ、AさんがこれをBさんに譲る、という場合が典型例として挙げられます。

この場合には、Aさんの占有移転の意思表示(これによる「引渡し」の成立)は、動産譲渡の対抗要件具備としての機能を有することになります。

指図による占有移転

指図による占有移転とは、目的物を間接占有していた本人が、占有代理人に対して、以後、第三者のためにその目的物を占有することを命じ、当該第三者がこれを承諾することによって成立する引渡しです。

間接占有者の移転

指図による言い回しを定義しようとすると難しい言い回しとなりますが、要は、間接占有者の移転です。

Aさんが、Bさんのために占有していたところ、これを以後、Cさんのために占有する、といった場合に利用されます。

目的物がずっとBさんのところにあるなら、指示だけで引き渡しがあったこととする方が、「一旦、AさんがBさんから目的物を返してもらって、これをCさんに渡し、さらにCさんからBさんに目的物を引き渡す」、という手筈をとるよりずっと簡便なことから、民法は、これを引渡しの一つとして認めています。

一応条文を見ておきましょう。

ちなみに、改めて条文を読んで思ったのですが、本文中には「指図」という単語は使用されていません。指図という単語が出てくるのは条文タイトルだけですね。タイトルも一緒に記載しておきます。

民法第184条(指図による占有移転)
代理人によって占有をする場合において、本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したときは、その第三者は、占有権を取得する。

指図による占有移転の具体例

指図による占有移転は倉庫業等において、しばしば利用されます。

具体例を考えてみましょう。

たとえば、倉庫業を営むAが、卸売業者Bから商品を預かっていたとします。

これを小売業社Cが購入したところ、Cもまだ、商品は倉庫に置いておきたいといった場合、指図による占有移転が利用されます。

その場合、卸売業者Bの指図及び小売業者Cの承諾により、商品自体は継続して倉庫業者Aの倉庫にありながら、CはBから商品の引渡しを受けた、ということになります。

関連記事:占有改定とは
動産物権変動の対抗要件としては、現実・簡易の引き渡し、指図による占有移転のほか、占有改定があります。占有改定を合わせて理解することで、「引渡し」の理解が含まるはずです。ぜひ一度、上記関連記事をご参照ください。