占有の承継について:相続のケースを中心に

今日のテーマは占有の承継についてです。

Aさんがある物を自分のために所持して占有していたところ、これをBさんに贈与して引き渡したという場合、引き渡し後はBさんが占有を開始することになります。

このような占有の承継につき、民法は特別の規定を置いています。民法187条です。

民法187条について

占有の承継について定めた民法187条の規定は次の通りです。

第187条
① 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。
② 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

第1項は、占有の承継人は、自分の占有だけを主張してもよいし、前主の占有と合わせて自己の占有を主張してもよい旨定めたものです。

また、第2項は、承継人が前主の占有を合わせて主張する場合には、前主が占有につき悪意であった、他主占有であった、などの瑕疵を引き継ぐ旨規定しているものです。

たとえば、冒頭の事例では、Aが他主占有であった場合に、BがAの占有も併せて主張しようとする場合、その占有は他主占有であるとの評価を受けることになります。

関連記事:占有とは
あれ?他主占有ってなんだっけ?善意占有ってなんだっけ?そもそも占有って・・・という方は、こちらの記事をご参考いただけますと幸いです。占有の認定の難しさなどについても書いています。

相続と占有の承継(時効取得と相続との関係)

さて、占有の承継という点をめぐっては、ここからが本論です。

占有の承継をめぐっては、「時効取得」・「相続」と絡んでいくつか論点があります。

以下、典型的な論点として、次の2つを解説します。

①相続による占有の承継の可否
②相続による自主占有への変更の可否

①相続による占有の承継の可否

占有は相続によって承継されるでしょうか。最初に挙げた贈与の例は、いわゆる特定承継としての承継です。ここでは、相続という包括承継に際しても、占有が承継されるかが問題となります。

問題が顕在化する時効取得の場面

上記のような問題が顕在化するのは、時効取得との関係です。

AさんがCさんの土地を5年占有し、その後、Aさんを相続したBさんがさらに5年間、その占有を継続した場合に、Bさんは、Aさんの占有と合わせて10年間、占有を継続したといえるでしょうか。

民法162条にあるとおり、ある物を時効取得するには、所有の意思をもって一定期間その土地の占有を継続することが必要です。時効期間としては、短期で10年、長期で20年の占有が必要となります。

この時効期間が満たされているかにつき、前主Aと後主Bの占有を合算して判断してよいかがここでは問題なるわけです。

相続による占有の承継は認められる。

この点、占有が相続の対象となることを認める明文の規定はありません。

しかし、占有の要件たる占有の意思及び事実上の所持の要件は厳格なものではありません。いわば観念化されているともいえます。

また、被相続人がある土地を占有していた場合、その土地は、次いで被相続人の地位を全面的に承継した相続人も承継する、と理解するのが社会観念にも沿います。

そこで、判例・通説は、相続による占有の承継を認めています(最判昭和44年10月30日など参照)。

したがって、上記例では、BさんはAさんの占有と合わせて10年間の占有を主張できることになります。

<昭和44年10月30日最高裁判決>
被相続人の事実的支配の中にあつた物は、原則として、当然に、相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権も承継され、被相続人が死亡して相続が開始するときは、特別の事情のないかぎり、従前その占有に属したものは、当然相続人の占有に移ると解すべきである。

②相続による自主占有への変更の可否

では、相続により占有が承継されるとして、被相続人が他主占有(他人のものとして占有)していた場合、相続人は、その物を自主占有(所有の意思のある占有)している、と主張できるでしょうか。

この問題は、さらに相続人が自らの占有のみを主張できるか、できるとした場合に、他主占有から自主占有への変更が認められるか、という二つの問題に分かれます。

まず、相続人が自らの占有のみを主張できるか

たとえば、AさんがCさんから借りて占有していた土地を、Bさんが自分のものと思って相続し、占有を開始した場合、Bさんは相続の時からその土地を自主占有している、と主張できるでしょうか。

この点につき、判例は、民法187条1項により、相続の時から自己の占有のみを主張できる旨判示しています。

つまりBさんは、相続の時からその土地を占有していると主張することが可能です(Bさんは、Aさんの占有と合わせた期間の占有を主張することもできるし、自分の占有だけを主張することもできる)。

<昭和37年5月18日最高裁判決>
民法187条1項は「相続の如き包括承継の場合にも適用せられ、相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意悪意の地位をそのまま承継するものではなく、その選択に従い自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することができるものと解するを相当とする。」

他主占有から自主占有への変更が認められるか

相続人が、固有の占有のみを主張できるとして、次に、被相続人が他主占有だったのに、相続人は自主占有である、と主張することができるか、という点が次に問題になります。

なお、この問題は、相続人による時効取得の可否をめぐって顕在化します。他主占有にすぎないとされる場合、相続人は、対象物を時効取得しえないのに対し、自主占有であるとされる場合には、相続人は対象物を時効取得しえることとなるからです。

上記の点に関し、判例は、被相続人が他主占有であっても、相続人が相続の時から自主占有しているとして、相続人のみの占有によって取得時効が成立しうる場合を認めます。

つまり、被相続人が他人のものと思っていた土地につき、相続人が相続に際して自分のものとして相続したのだと思って占有を開始した場合、相続人がその土地を時効取得しうる場合があるというのです。

上記例では、他主占有であったAさんの占有を主張しても、Bさんは時効取得を主張できませんが(自主占有の要件を欠く)、Bさんは、自己の占有が自主占有であると主張して、その土地を時効取得しうる余地があるということになります。

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ただし、相続人が自主占有を始めたとの主張が認められる要件は厳格です。

相続によって他主占有から自主占有になったと主張するには、その旨を主張する側で「その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を」証明する必要があります。

詳細については関連記事をご参照ください。