今日のテーマは除斥期間についてです。読み方は「じょせききかん」。
民法全体を通して出てくる一般的な概念の一つですが、除斥期間とは何か、という点について定めた規定がないため、つまづきやすい概念でもあります。
以下、除斥期間とは何か?これに類似する消滅時効との違いを確認し、除斥期間を定めた条文の具体例をいくつか紹介します。
除斥期間とは
除斥期間とは、ある権利の行使期間のことを指します。食べ物の賞味期限みたいなものです。
多くの場合、権利関係の早期確定のために設けられます。
ある権利につき、除斥期間を徒過すると、当該権利の行使はできなくなります。
除斥期間の意味
除斥期間を直接概念定義する規定はありませんが、その存在は当然のこととされています。
判例でも、除斥期間の概念は肯定されています。
除斥期間として定められる期間は権利ごとに異なります。10年、20年など長期の期間に渡る除斥期間も存在し得ますし、1年など短期のものもあります。
除斥期間の趣旨・目的
除斥期間の趣旨ないし目的については、権利関係の早期確定のため、と説明されるのが一般的です。
ただ、この説明自体が間違っている訳ではないものの、場合によっては、これを言葉通りに素直に受け取るのは、除斥期間の概念の理解の妨げになるかもしれません。
なぜなら、上記のように、除斥期間の中には、10年あるいは20年といった長期の期間を権利行使期間とするものもあるからです。
そのため、法が除斥期間を定める趣旨については、「早期」とく「速やかに」というイメージではなく、権利行使が行使されるのか否かが分からない不安定な状態をいつまでも継続させることを防ぐ点にある、というぐらいに理解しておくのがよいかもしれません。
除斥期間を徒過するとどうなるか
ある権利につき、除斥期間が定められている場合、権利行使がされないままにその除斥期間を徒過してしまうと、その権利は行使できなくなります(消滅すると考えます。)。
この点、裁判などにおいて一方の当事者が「その権利は消滅した」などと主張する場合、通常は、その主張をする側が、権利消滅の基礎となる事実を主張する必要があります。
しかし、除斥期間徒過による権利の消滅については、裁判所は、当事者の主張無く、これを認定できると解されています。
賞味期限が切れた権利については、賞味期限が切れたと当事者が主張するか否かを問わず、裁判所がその権利はもう使えないよ、と判断することになるわけです。
消滅時効との違い
除斥期間は、権利を消滅させる期間であるという点で消滅時効に類似します。
但し、時効援用の要否や更新・完成猶予の有無、期間の起算点や遡及効の有無に差があります。
主要な違い | 消滅時効 | 除斥期間 |
援用の要否 | 必要 | 不要 |
更新・完成猶予 | 有り | 無し |
起算点 | 権利行使し得るときから | 権利発生の時から |
遡及効 | 有り | 無し |
消滅時効と除斥期間
消滅時効というのは、一定の期間経過が経過したことを理由に、法律上の利益を有する者が時効によって権利を消滅させるという意思表示(時効の援用)をすることで、その権利を消滅させる、という仕組みのことをいいます。
たとえば、お金を貸していた側が一定期間権利を行使しなかった場合に、お金を借りていた側が、「もう時効を援用します」という意思表示をすることで、金を返せという貸主側の請求権を消滅させるのが、消滅時効の仕組みです。
除斥期間と消滅時効とは、「一定の期間の経過」という要素、「権利が消滅してしまう」という要素が共通します。そのため、両者の違いはイメージしにくいかもしれませんが、この二つには、いくつかの重要な違いがあります。
ここで関連記事を紹介!
除斥期間と類似する消滅時効については、別途解説記事を用意しています。
消滅時効の概念などの詳細については次の関連記事を参照にしていただけますと幸いです。
援用の有無について
消滅時効と除斥期間は、権利消滅に援用が必要かという点で大きな違いがあります。
消滅時効によって、権利を消滅させるには、時効によって利益を得るものの時効援用の意思表示が必要です。
つまり、当事者の一人が、「その権利を消滅させる」との意思を表示することが権利消滅の要件となります。
他方で、除斥期間付きの権利は、時効援用の意思表示なくても消滅します。
食べ物の賞味期限が時間の経過によって安全に食べられなくなってしまうのと同様、除斥期間付きの権利は、その期間の徒過によって、勝手に消滅してしまうわけです。
更新の有無/完成猶予の有無
また、更新の有無、完成猶予の有無という点でも違いがあります。
更新について
まず、消滅時効には、「更新」という仕組みがあります。
これは、一定の条件を充足した場合に、それまで進行していた時効期間をゼロに戻す、という仕組みです。
たとえば、権利行使されない期間が3年間続いていた場合に、権利者が訴訟提起などをした場合、時効期間はゼロに戻り、その裁判が確定した段階から新たに進行を開始することになります。
完成猶予について
また、消滅時効には、完成猶予という仕組みもあります。これは、一定の場合に、時効期間の完成を一時的に猶予する、という仕組みです。
たとえば、時効期間の満了に際して、避けることのできない天変地異を理由に権利者がその権利を行使できないような場合に、消滅時効の完成は猶予されます。
除斥期間と更新・完成猶予
しかし、以上の更新または完成猶予の仕組みは、あくまでも時効に関するものです。
更新・完成猶予の仕組みは、除斥期間については妥当しないと解するのが一般的です(完成猶予については、これを一定の場合に認めるべきとする見解も有力ですが。)
賞味期限につき、その期間の経過を元に戻したり、賞味期限の到来にちょっと待ったをかけたりというのができないのと同様、除斥期間も、期間の経過を元に戻したり期間の到来を一時停止させたりということはできないわけです。
期間が満了したら、相手が援用するか否かを問わず、それをもってスパッと権利行使ができなくなるし、期間の延長もできない、それが除斥期間の考え方ということになります。
期間の起算点/遡及の有無
さらに、消滅時効と除斥期間には、期間の起算点及び遡及効の有無にも差があります。
起算点について
まず、起算点についてですが、消滅時効の時効期間は、権利を行使しうるときから進行を開始します。
そのため、権利行使を妨げる法律上の障害(期限未到来など)がある場合には、消滅時効は進行しません。
これに対して除斥期間は、権利が発生したときからその期間が進行を開始します。
食べ物の賞味期限が製造されたときから進行を開始するのと同様、除斥期間は権利が成立したときから進行を開始します。
つまり消滅時効の起算点は「権利を行使しうるときから」であるのに対し、除斥期間の起算点は「権利が発生したときから」ということになります。
遡及効について
また、遡及効にも差があります。ここでいう遡及効というのは、権利消滅の効力が期間の最初にさかのぼって発生する効力のことをいいます。
消滅時効には遡及効があります。
そのため、対象となった権利が消滅した場合には、期間の最初からその権利はなかったものと扱われます。
他方で、除斥期間には遡及効はありません。期間完成時に消滅したものと扱われます。
食べ物の賞味期限が切れた場合に最初っから不良品だったということにならないのと同様、除斥期間にかかった権利が期間の最初に遡って否定される、ということにはならないわけです。
除斥期間か消滅時効かの区別
除斥期間か消滅時効かの区別は必ずしも容易ではありません。
その区別については、種々の考え方があるものの、現在は3つのメルクマールを設定する見解が有力です。
ある条文に権利行使の期間が定められている場合、それを除斥期間とみるのか消滅時効とみるのかは、かなり難しい解釈作業です。
条文に、「時効」と明示してある場合でも、解釈によって「これは除斥期間を定めたものだ」と判断されることもあるので、条文の文言だけで一義的に区別することはできません。
では、消滅時効か除斥期間かはどのように区別すればよいのでしょうか。
除斥期間のメルクマール
除斥期間か時効かを区分する方法として有力なのは3つのメルクマールを設定する見解です。
① 取消権・解除権など形成権の行使について定めた期間
② 条文に比較的短期の権利の行使期間が定められており、かつ「時効」という文言がない場合のその期間
③ 条文に短期と長期の期間が定められている場合の長期の期間
この見解は、上記3つに該当する場合にその期間を除斥期間と考えるという見解です。ただしこれも一応の基準・メルクマールにすぎず、これだけですべて対応できるわけではありません(基準と整合しない判断を示す判例も存在します。)。
除斥期間の具体例
以下、上記のメルクマールに則って除斥期間の具体例をいくつか見ていきましょう。
① 解除権など形成権の行使について定めた期間
まず、上記メルクマールによると、解除権など形成権の行使について定めた期間は除斥期間と解されます。
たとえば、その具体例として、(契約不適合(瑕疵担保)の解除権の権利行使期間について定めた民法566条があげられます。
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。
② 条文に比較的短期の権利の行使期間が定められており、かつ「時効」という文言がない場合のその期間
また、上記メルクマールによれば、形成権以外でも、権利行使期間が短く定められたもので、かつ「時効」という文言がない場合、その権利の行使期間は除斥期間と解されます。
上記の具体例としては、民法193条や195条をあげることができます。
前条の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。
家畜以外の動物で他人が飼育していたものを占有する者は、その占有の開始の時に善意であり、かつ、その動物が飼主の占有を離れた時から一箇月以内に飼主から回復の請求を受けなかったときは、その動物について行使する権利を取得する。
③ 条文に短期と長期の期間が定められている場合の長期の期間
さらに、上記メルクマールによれば、権利行使期間につき、短期と長期の期間が定められている場合、その長期の方の期間は除斥期間と解されます。
たとえば、相続回復請求権の行使の期間について定めた884条がその例の一つです。同条に言う「相続開始の時から20年」という期間は除斥期間と解されます。
不法行為に基づく損害賠償請求権の行使期間について
最後に、不法行為に基づく損害賠償請求権の行使期間についてです。
不法行為責任については、判例法理が変更され民法改正で、短期3年、長期20年のいずれの期間も消滅時効期間であることが明確化されました。
改正前民法において
改正前の民法の解釈として、不法行為に基づく損害賠償請求権にかかる20年の行使期間は、判例上、除斥期間であると解されていました(上記メルクマール③参照)。
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
民法改正で権利行使期間の意味が変更
しかし、この20年の期間を除斥期間と解する判例の立場対しては、長期期間経過後に損害が顕在化するようなケース(B型肝炎訴訟などのケース)において被害者救済の道を閉ざしかねないとの強い批判がありました。
そこで、平成29年改正民法は、民法724条を後述のように改め、この20年の期間を消滅時効期間であると明示しました。
これは、上記20年の期間につき、除斥期間と解する判例法理を変更するもので、民法改正の目玉の一つともいえます。
細かいところですが、条文タイトルも変更されていますので、着目されてみてください。
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。