時効の更新と完成猶予:中断・停止の再構成

今回のテーマは、時効の更新と完成猶予です。

民法改正前は、「中断」「停止」として概念されていたものですが、改正に伴って、「更新」及び「完成猶予」という概念に再構成されました。

新たな用語となったので、改正前民法に親しんだ方は慣れないかもしれませんが、しっかり押さえておきましょう。

改正前における中断と停止について

まず、改正前民法における「中断」及び「停止」について、簡単におさらいをしましょう。

ちなみに、そもそも時効って何だっけ?消滅時効って何だっけ?という方は次の関連記事をご参照ください。

関連記事:民法における時効について
民法における時効制度全般について解説した記事です。

中断とは

時効の中断とは、時効期間の進行中に、一定の事由が発生したことを理由に、それまで経過していた期間をゼロとする仕組みです。

中断を生じさせる原因となる事由を中断事由といい、これが生じると、それまで進行していた時効期間は無意味なものとなり、新たにゼロから進行することになります。

改正前民法において、中断事由とされていたのは、請求・承認及び差押等(改正前民法147条)です。

改正前民法第147条 
時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一 請求
二 差押え、仮差押え又は仮処分
三 承認

ちなみに、ここでいう「請求」とは、訴訟の提起や支払督促など裁判上の請求を言います。

裁判外での請求は(催告)は、これを行ってから6か月以内に裁判上の請求をしないと、中断の効力は発生しないものとされていました。

停止とは

時効の停止とは、時効の完成間際に時効中断を困難ならしめる事情がある場合に、一定期間、時効の完成を延期する仕組みを言います。

天災などで、債権者が時効中断を図ることができない場合に、時効期間の進行を止める仕組みです。

停止の場合は、中断と異なり、時効期間がゼロに戻るということはありません。

停止の原因となった事情が終わって一定期間が経過すれば、すでに経過していた時効期間に加算する形で、時効期間が進行していきます。

更新及び完成猶予への再構成

以上のような中断と停止の制度ですが、改正民法によって、更新事由と完成猶予という仕組みに再構成されました。

大雑把に言えば、「更新」は改正前民法における「中断」に対応する仕組みであり、「完成猶予」は「停止」に対応する仕組みで、文字通り、時効の完成を猶予するものです。

ただ、改正民法は、もともと中断事由であった「請求」と「差押え」に関し、完成猶予と更新をセットのものとして構成しています。

改正前民法に慣れた者にとっては、この当たりの概念整理が分かりにくいかもしれませんので、もう少し見ていきましょう。

請求と差押えについての概念整理

上記の通り、「請求」及び「差押え」は、改正前は中断事由でした。

「請求」に関して

他方で改正民法では、「請求」自体は更新事由ではありません。

改正民法は、請求に基づく「裁判の確定など」を「更新事由」とし(民法147条2項)、裁判上の請求を行うこと自体は、「完成猶予」事由である(同1項)、と概念しています。

つまり、訴訟提起などによって、まず、裁判期間中の時効完成が猶予されます。そして、その裁判の確定によって、時効期間がゼロに戻る(更新される)というスキームです。

中断から更新への概念整理を図示したものです。

たとえば、貸金債権などについて消滅時効期間が進行している途中に、裁判を打たれると、その裁判の提起により、借金の消滅時効の完成が猶予されます。

そして、その裁判の判決が確定すると、消滅時効期間はゼロに戻ります。この場合、貸金業者などに対して消滅時効を主張するには、判決確定時から、新たな時効が完成するのを待たなければなりません。

関連記事:消滅時効とは?起算点や援用についても知ろう
改正民法を前提に消滅時効について解説した記事です。民法改正で、短期消滅時効についてはずいぶんと整理されています。
改正民法第147条について  
1項がまず完成猶予について規定し、2項が更新について規定しています。

<同第1項>
次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一  裁判上の請求
二  支払督促
三  民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四  破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加

<同第2項>
前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

「差押え等」に関して

また、改正前民法における「差押え」についても、完成猶予と更新がセットで規律されています。

つまり、改正民法は、まず、強制競売の申立にかかる手続を「完成猶予」事由としています。

その上で、強制競売の申立がなされたこと自体を更新事由とするのではなく、その「手続の終了」(取り下げ等の場合を除く)を更新事由であると観念しています。

つまり、改正民法は、裁判上の請求の場合と同様、その確定的な終結を更新事由とし、その前段階における手続については、単なる「完成猶予」事由として構成しているのです。

(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)
改正民法第148条について
やはり第1項が完成猶予に関する規定とされ、更新については第2項に規定されています。

<同第1項>
次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一  強制執行
二  担保権の実行
三  民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百九十五条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売
四  民事執行法第百九十六条に規定する財産開示手続

<同第2項> 
前項の場合には、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。ただし、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合は、この限りでない。

概念整理
改正前民法においては、裁判上の請求につき、「裁判上の請求によって中断した時効は、裁判が確定したときから、新たにその進行を始める」と規定していました。

そして、請求から確定判決までの間の期間は、中断事由が継続している、などと観念していました。

改正民法においては、請求から確定判決までの期間を「完成猶予」がカバーし、確定判決等によって、時効期間がゼロに戻る(そこから新たに時効が進行する)、という処理になります。

差押えについても同様です。競売の申立てから手続き終了までの間の期間を「完成猶予」がカバーし、手続の終了をもって、「更新」がなされる、という考え方になります。

承認について

「承認」は、改正前民法では中断事由でしたが、改正民法でも更新事由となります。

承認というのは、債務者が、債務があると認める意思表示を指します。債務があることを前提に和解協議を行う、あるいは一部弁済を行うなども承認に該当すると言われています。

上記のように、請求と差押えは完成猶予と更新とがセットで構成されてますが、承認はセットではなく、単独の更新事由として整理されます。

民法152条 
1 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
2 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。

改正民法における更新事由まとめ

ここで、改正民法における更新事由をもう一度確認しておきましょう。

更新事由となるのは、次の3つです。

①裁判所上の請求に基づく「裁判の確定など」
②差押え等の申立手続に基づく「強制執行などの終了」
③承認

そして、更新の前段階である①にかかる「裁判上の請求」の段階及び②にかかる「差押え等の申立手続」の段階は、時効の完成猶予期間として整理されます。

※この更新の効力は、更新事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ生じます(改正民法153条1項、同3項)。①及び②にかかる完成猶予の効力についても同様です。

<補足>
①について「裁判上の請求」と一口に述べましたが、ここには、訴訟提起のほか、支払督促や和解や調停、破産手続等への参加を含みます。

②について、差押え等の申立手続と一口で述べましたが、ここには、強制執行・担保権実行・担保権の実行としての競売の例による競売、財産開示手続を含みます。

完成猶予について

上記の通り、改正民法においては、裁判上の請求や差押え等の申立がなされたことを、更新に先立つ完成猶予事由としていますが、それ以外にも、次のような完成猶予事由を定めています。

    ・仮差押え等による時効の完成猶予(改正民法149条)
    ・催告による時効の完成猶予(改正民法150条)
    ・協議を行う旨の合意による時効の完成猶予(改正民法151条)

※民法149条~151条の完成猶予は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有します(改正民法153条2項)

また、改正民法は、親子関係にあったなど、一定の身分関係にある者に対して請求権の行使が期待できないような場合や、天災等によって権利行使を行うことができない場合に関し、完成猶予事由を定めています。

    ・未成年者又は成年被後見人と時効の完成猶予(158条)
    ・夫婦間の権利の時効の完成猶予(159条)
    ・相続財産に関する時効の完成猶予(160条)
    ・天災等による時効の完成猶予(161条)

以上のような完成猶予事由が存する場合、一定期間、時効の完成が猶予されます(時効が完成しない。)。

知識としてかなり細かいところも含みますので、必要がある方は各自条文をご参考くださいますようお願いします。

催告による時効の完成猶予

最後に、上記の完成猶予事由の内、「催告による時効の完成猶予」と新民法で創設された「協議を行う旨の合意による時効の完成猶予」について簡単に見ておきます。

まずは催告についてです。

催告とは、裁判手続を通さない任意の請求を言います。請求書を送付する等がまさに催告の例です。

改正前民法においては時効中断との関係で、催告については次のように定められていました。

改正前民法153条
「催告は、6箇月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立て、和解の申立て、民事調停法若しくは家事事件手続法による調停の申立て、破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加、差押え、仮差押え又は仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じない。」

要は、催告して6か月以内に裁判上の請求などをすれば、時効中断の効力を認めるけど、そうでないと、時効中断の効力は認めないよ、という規定だったのです。

また、催告を続けても、二度目の催告については、時効の中断効は生じないと解されていました。

改正民法は、この従前の催告を「完成猶予」と構成していますが、その内実は変わらないものと思われます。

改正民法150条 
<第1項>
催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

<第2項>
催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。

協議を行う旨の合意による時効の完成猶予

また、新民法の下では、協議を行う旨の合意を完成猶予事由とする新たな仕組みが創設されました

大雑把に言えば、権利についての協議を行う旨文書で申し入れがなされた場合、一定の期間、時効の完成を猶予する仕組みです。

話し合いに時間を要するような場合でも、その時間的な余裕を当事者に与えるための制度となっています。

裁判などを起こすのはためらわれる場合に、話し合いの時間を確保するための方途を当事者に与えるものといえます。

以下、条文をあげておきます。

改正民法151条  
<第1項>
権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一  その合意があった時から一年を経過した時
二  その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三  当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時

<第2項>
前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて五年を超えることができない。

<第3項>
催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第一項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。

<第4項> 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を適用する。

<第5項>
前項の規定は、第一項第三号の通知について準用する。