今日のテーマは、「不可抗力」についてです。読み方は「ふかこうりょく」です。
「いや、それは不可抗力だから仕方がない」などという言葉の使いかたは、日常生活でもたまに登場しますよね。
この不可抗力の概念は、民法だけに出てくるものではないものの、私人間を規律する一般法たる民法における解釈は、その他の法典における不可抗力の解釈に際しても十分参考となるものです。
そこで、以下、この不可抗力について、概念や意味などを確認していきましょう。
日常用語としての不可抗力の意味
日常用語としての不可抗力は、人(特に個人)の力ではあらがえない事情、力といった意味で使われます。
たとえば、待ち合わせの約束の時間に遅れてしまったとき、電車が事故で遅延したことが原因場合、「遅刻しちゃったけど、不可抗力だから勘弁して・・・電車が遅延してさー」などという使い方をします。
おおざっぱにいえば、その人自身では「どうしようもなかった」ことを不可抗力と呼んでいるわけです。
そして、法律的な意味における「不可抗力」も似たような意味で使われます。以下、もう少し厳密に見ていきましょう。
不可抗力とは
不可抗力とは、法が要求する注意義務を果たしてもなお、結果の招来を防止しえない外部的事情又は、結果発生を防止するにたる注意義務を課しえなくなる外部的な事情を言います。
たとえば、大震災や洪水などの自然災害や、ストライキ・戦乱といった一般的事変がその例です。
個々人の当事者が注意を払っても、なお「どうしようもない」といえるだけの外部的な事情を不可抗力とよぶのです。
不可抗力の意義に関する判例
「不可抗力」については、大審院昭和2年10月31日判決は、次のように述べています(当ブログにて現代語化しています。))
不可抗力とは外部から来る事変であって、損害発生の防止に必要な一切の方法を尽してもなお避けることのできない外部的事変をいい、それが予期することが可能なものであるか否か、またこれによる損害程度が甚大であるか否かは問わない
また、刑事手続に関する事案によるものですが、昭和57年2月23日福岡高裁宮崎支部判決は次のように述べています。法全体を見渡した時の不可抗力の概念を検討するにあたって、参考になります。
真の意味の不可抗力とは注意義務そのものが客観的に存在せず、したがつて遵守すべき注意義務が存在しないとき、又は法の要求する注意義務を完全に遵守したのに結果が発生した場合を意味するものである
不可抗力と民法の規定
不可抗力という用語は、民法他、種々の法典に登場します。
ここで、民法典に関する不可抗力の規定をいくつか見ておきましょう。いずれも改正民法化における規定です。
永小作人は、不可抗力により収益について損失を受けたときであっても、小作料の免除又は減額を請求することができない。
第1項 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、第六百九条 耕作又は牧畜を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができる。法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
第2項 省略
第3項 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない
その他、275条や610条において、不可抗力との用語が用いられています。
不可抗力の概念をめぐる見解
不可抗力の概念をめぐっては、そもそも民法における不可抗力とその他の法典の不可抗力とを同一に解するのか、そうでないのか、民法典に規律されるものについてはすべて同一の意義に解するのか、などの点で十分な議論がなされているとはいえません。
また、不可抗力の概念自体をめぐっては、当事者が最大の注意を払っても避けられない事故と解する見解や、通常発生しえない重大な外部的事情ととらえる見解、両者を合わせたような折衷的な見解などがありえるところです。
なお、本ブログが上記「不可抗力とは」の項で挙げた定義づけは、上記の種々の見解のうち、外部的事情によって、必要とされる注意義務を果たしてもなお結果が防止しえないか、または、そもそも注意義務を課しえないことをその内容として定義したもので、折衷的な考え方によって立つものです。
あまり整理できているとはいえないかもしれませんが、要は、法が求める注意を果たしてもなお、外的要因によって、債務の不履行や損害の発生などの結果が生じてしまう場合を不可抗力と概念しています。
過失・帰責性と不可抗力
不可抗力の概念がもっとも議論されるのは、債務不履行責任や不法行為責任を問う場面です。免責事由として不可抗力の主張が成り立つか否か、という観点から議論されます。
不可抗力で発生した事故であるから、過失がないとか、責任がない、などの形で議論されます。
不可抗力による免責
債務不履行責任や一般不法行為責任に限って言えば、不可抗力によって損害が発生した場合、当該行為につき、加害者とされる側は責任を免れます。
民法は、過失責任主義を採用しており、注意を尽くしてもなお、不可抗力によって損害が発生したとされる場合には、過失責任が否定されるからです。
したがって、不可抗力によるもので、過失がない、とされる場合には、加害者とされる側は損害賠償責任を負いません。
自然災害と損害賠償責任
自然災害についていえば、たとえば、過去類を見ない台風によって、ある建物の設備が倒壊し、周囲の建物に損害を与えたとします。ゴルフ場の鉄塔が倒れて、周囲の建物を損壊した、などがその例です。
こうしたケースにおいては、その鉄塔が倒れたことが、不可抗力によるもので、ゴルフ場の設備につき、管理保管上の義務を果たしてもなお、その結果が生じたといえる場合には、ゴルフ場の運営者は、その損害の賠償を免れ得ます。
ただ、不可抗力の立証責任は、賠償を免れようとする側にあります。また、上記大審院は、「損害発生の防止に必要な一切の方法を尽しても」なお、その発生が防止しえないことと定義しています。
「一切の方法を尽くしても」とされることからすれば、不可抗力によって損害が発生したとの立証には当然、非常に高いハードルが課せられるといえます。
それゆえ、不可抗力ゆえに債務不履行責任または不法行為責任にかかる免責が認められるケースは極めて限定的です。
不可抗力に準ずるもの
裁判例で、不可抗力に言及したうえで、帰責事由なしとして債務不履行責任を否定したものに平成22年12月22日東京地方裁判所判決があります。
厳密に言えば、不可抗力と認定したのではなく、不可抗力に準じるとしたものですが、参考になりますので紹介しておきます。
この事案は、輸入冷凍商品につき、外国で異物(薬品)が混入されたた事実が発覚したため、国内の買主が、その廃棄などを余儀なくされたとして、輸入業者の債務不履行責任を追及した事案です。
事案の特殊性として、当該異物が生命に害を与える危険なものであること、当該異物の混入が犯罪行為による可能性が高い事案であったことが挙げられます。
この事案において、裁判例は、当該冷凍食品への異物の混入が第三者による故意の犯罪行為によるものである可能性があること、ほかの具体的混入経路は想定し難いことがうかがわれることから、その混入は通常想定しがたい異常事態であって、不可抗力に準ずるものであったということができるとしました。
そのうえで、同裁判例は、輸入業者が、当該異物の混入を防止する対策をとるべき具体的な注意義務を負っていたと解することはできないとして、過失を否定しています。
天変などの事情のほか、異常事態ともいえる犯罪行為に起因する結果につき、不可抗力とまでは呼ばなかったものの、不可抗力に準ずるものとして、債務不履行責任を否定した点で参考になります。
不可抗力と不可抗力に準ずるものとで分ける考え方は、帰責性と不可抗力の整理に影響を及ぼしうるのではないか、とも思われます。
私自身、整理が足りていなくて、十分な検討ができないのですが、上記裁判例は、「不可抗力の範囲」よりも、「帰責性がない範囲」のほうが、広く概念されうることを示す裁判例の一つとも位置付け得るように思います。