現存利益とは

今回のテーマは現存利益についてです。読み方は「げんぞんりえき」。

現存利益は、改正前の民法下においても存在した概念ですが、改正民法下でも登場します。

この概念は、日常用語としてはあまり使用されず、また、初学者にて躓きやすい概念の一つでもありますので、以下、簡単に抑えていきましょう。

現存利益とは

現存利益とは、ある行為よって得た利益であって、そのまま、あるいは形を変えて残存するものをいいます。

この概念は、ある法律行為につき、原則論となる原状回復の範囲を制限する概念です。言い換えれば、相手に返還しなければならない範囲を一定の限度に制限する法概念です。

改正民法の下では、民法32条2項但し書きや第121条の2及び第703条に規定されています。

現存利益を定めた民法の規定

現存利益について定めた民法の規定を見ていきましょう。

失踪宣告の取消に関して

まず、民法32条第2項について確認しましょう。

民法32条第2項但書き
失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。

この規定は、失踪の宣告により財産を受給したものが、失踪者に返還すべき財産の範囲を制限した規定です。失踪者に返還すべき範囲は現存利益のみでよい。

なお、この規定においては、文言上、返還の範囲は「現に利益を受けている限度」と規定されています。

無効・取消しに関して

現存利益の概念は、無効・取消にかかる法律行為における返還義務についても妥当する場面があります。

民法121条第2項、第3項をご確認ください。なお、同1項は、原状回復の原則を定めたものです。併せてご確認いただければ幸いです。

民法121条の2
第1項
無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

第2項
前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。

第3項
第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

同2項は、同3項は、意思表示の瑕疵ゆえに無効または取り消された法律行為や、意思無能力ゆえに無効とされた行為、制限行為能力ゆえに取り消された行為等につき、返還の範囲を現存利益の範囲に制限したものです。

ここでも、「現に利益を受けている限度」という文言が使用されています。

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不当利得の受益者に関して

また、不当利得について定めた民法703条も、その返還の範囲を原則として現存利益に限定しています。

第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

これは法律上、正当な理由なく、利益を受けたものは、現存利益の範囲で、これを損失者に返還しなければならない、との原則を定めた規定です。

なお、ここでは、「その利益の存する限度」という用語が使われています。

現受利益と現存利益

ところで、民法32条2項但書きや121条の2第2項、第3項は、現存利益を意味する用語として、「現に利益を受けている限度」という用語を用いています。

他方で、民法703条は、現存利益を意味する用語として「その利益の存する限度」という用語を用いています。

法律学においては、同じ概念であれば同じ用語を用いるというのが通常です。にもかかわらず、上記のように、現存利益を示す用語として民法が、それぞれの箇所で異なる文言を用いています。

そのため、民法32条2項但書きや121条の2第2項、第3項が定める現存利益と民法703条が定める現存利益とは、意味内容が異なるのではないか、という議論が生じます。

この点、過去においては、前者を「現受利益」、後者を「現存利益」としたうえで、両者の意味内容は違うのだ、という見解もありました。

しかし、現在の通説は、いずれも、同じ意味内容を示すものである、との考え方が通説となっています。

文言上の違いがあることから、悩んでしまう方もいるかもしれませんが、通説に従えば、この文言の違いは気にしなくてよい、ということになります。

浪費と現存利益

以上を前提に、さらに現存利益の概念につき見ていきましょう。

たとえば、未成年者が、親権者の同意なく、バイクを売却して、100万円を受領したとします。

この法律行為が取り消された場合、原状回復の原則にのっとると(民法121条の2第1項)、本来100万円を相手方に返さなければなりません。

しかし、上記の通り、この返還の範囲は、現存利益に限られます。

したがって、「そのまま」、あるいは「形を変えて残存する限度」(上記定義参照)において、未成年者は、現金を返せばいい、ということになります。

ここで、問題となるのが、「形を変えて残存する限度」の理解です。初学者において躓きやすいポイントの一つです。

形を変えて残存する限度

たとえば、この未成年者が、受け取った100万円を、有効に成立した他の債務の支払いに充てていたといます。

この場合、受け取った100万円は費消されていますが、その結果として、ほかの財産からの支出を免れています。

そのため、この場合にはなお、100万円は形を変えて残存しているとの評価を受けます。

この未成年者は、その100万円を使ったことで、その他の貯金等の財産の減少を免れた、そのため、利益が残存しているとの評価を受けるわけです。

他方で、単に浪費に使ってしまった、という場合、財産が形を変えて残っている、とはいえません。単に、無駄遣いしてしまっただけ。

この場合には、その使ってしまった支出分は、現存利益に含まれず、返還の範囲から除外されます。

浪費に使ったものを返さなくてよいなんておかしいじゃないか、と思われるかもしれませんが、浪費こそ、利益が残らない最たるものの一つですから、この結論自体はやむをえないところです。

現存利益の基準時

では、ここで問題です。

なお、先に断っておきますが、私において確たる答えを持っているわけではありません。あくまで私見です(今後、勉強が進めば、訂正する可能性もあります)。

現存利益に関する設例

未成年者取消前に、Aさんが100万円のうち、30万円を浪費で使ってしまっていた。取消の時には、残り70万円しかなかった。

さらに、取消後30万円を浪費で使ってしまい、相手から現金を返せ、との請求を受けた時点では、残り40万円しかなかった。

その後、現金を返さないでいると、相手から現金を返せ、との裁判を起こされた。ところが、訴え提起の時点までに未成年者は、さらに30万円を浪費しており、残り10万円しかなかった

さらに、口頭弁論終結時には、すべて浪費でなくなっていた。

この場合、未成年者が返さなければならない現存利益はいくらでしょうか。どの時点における現存利益が返還の対象となるのか、という基準時の問題です。

民法703条にかかる注釈民法の解説

注釈民法を確認すると、121条における解説において、「現存利益」については703条を解説されたい、との趣旨の記載があります。

そこで、有斐閣の注釈民法(18)債権(9)初版(457頁)によると、不当利得に関する「703条」の解説として、現存利益の確定時期につき、多数説は、相手から返還があったときと解している旨規定されています

また、他方で、上記解説においては、訴え提起の時とする少数説もあり、この説が有力化しつつある、ともされています。

上記多数説を、設例に妥当させるなら、上記例では、相手から請求を受けた時点に残存していた40万円が現存利益の範囲ということになります。他方、少数説によるなら、10万円が現存利益の範囲ということになります。

取消時における現存利益をみるべき

しかし、703条の場合と異なり、未成年者取消の場合、相手方の返還請求権は、取消と同時に発生します。

同時点において債権が発生するとすれば、履行期(遅延損害金の起算点)はともかくも、現存利益の確定基準時も、取消時と考えるのが自然です。

また、取消の意思表示を行った者が、その返還を免れるために浪費するのを許容するのは、さすがに相手方の保護に欠けると思われます。

そして、これは、現存利益確定の基準時の問題ですので、民法121条の2が定める現存利益と703条の現存利益が同じ概念であるとの通説に反するものでもありません。

この立場に立つなら、上記未成年者が返還すべき現存利益の範囲は70万円と考えることになります。

現存利益と立証責任

受け取った財産が費消された、そのため、返還すべき利益の範囲も制限される、との立証責任は、返還請求をする側が負うのでしょうか、それとも受け取った財産が減った、と主張する側(上記例では未成年側)が負うのでしょうか。

この点につき、大審院昭和14年10月26日判決は、返還請求者側にあるとしています。

他方で、札幌地裁昭和56年3月18日判決は、未成年取消の事案で、未成年者側(制限行為能力者側)にあるとしました。

私見ですが、返還請求権者側に現存利益の範囲を立証させるのは、主張構造・証拠の所在の面から酷であり、札幌地裁が述べる通り、制限行為能力者側の立証責任とすべきではないかと思います。

昭和56年3月18日札幌地方裁判所判決
「前記取消に伴い、原告が未成年時に受領した売却代金相当額については不当利得が成立し、民法一二一条但書にいう「現ニ利益ヲ受クル限度」において、被告に対しそれを返還すべき責任がある」

「原告は、浪費、その他特段の事情のない限り、右受領による利益を保持しているものと事実上推定できるから、右の「現ニ利益ヲ受クル限度」は、その不存在について原告が主張立証責任を負うと解するのが相当である。