妾契約:愛人契約について

今回のテーマは妾契約・愛人契約についてです。

民法の教科書の中でも、詳しめの教科書であれば記載がありますが、薄めの教科書では何らの記載もないことがあるニッチな分野。

意外と奥深い論点があります。

妾・愛人契約とは

以下、まずは読み方・概念から確認しましょう。

妾契約の読み方

「妾」は「めかけ」と読みます。

この字は「わらわ」と読むこともありますが、殊、民法に関する場面では、単に「めかけ」と読んで構いません。

妾・愛人契約の意味

一般に、妾契約とは、妻のいる男性が、妻以外の女性と継続的な性的関係を結ぶこと又はその関係を維持することを目的に、金銭その他の給付を行うことを約する合意をいいます。

これは愛人契約とほぼ同義ですが、俗に、「妾契約」と言うときは、男性が女性に金銭的給付を行うケースを指します。

他方で、愛人契約というときは、女性が男性に金銭的給付を行うケースも含みます。

ただ、民法の教科書では、この主の合意につき、「妾契約」という用語で登場することが多く、また、論点としては共通なので、以下、特に断りのない限り単に「妾契約」と表記します。

妾契約と法律問題・判例の立場

法律上の問題としては、男女間の上記のような合意が有効か、仮に有効でないとすれば、破綻後になって、契約期間中になされた給付につき、精算が必要になるのでは?という問題があります。

妾契約は公序良俗に反する!?

判例の基本的な立場は固まっています。妾契約は、公序良俗に反し無効です。

つまりは、既婚者が、『配偶者以外の異性と継続的な性的関係を結ぶこと又はその関係を維持することを目的』に、金銭その他の給付を行うことを約する合意は、公序良俗に反するものとして、無効と判断されます。

その根拠規定は民法90条です。改正後の規定を以下挙げておきますが、改正前もほぼ同じ。公序の内容を敢えて言うなら我が国が採用する一夫一婦制でしょうか。

民法90条(改正後)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする

民法90条を根拠に無効とするとの判断は、要は、愛人関係を維持する目的で、お金を渡したり、貸したりする合意をしても、それは認めませんよ、という判断です。

たとえば、Aさんが妾契約に基づいて、Bさんにお金を工面してあげる合意をしたとしても、当該契約は無効で、Bさんは、当該合意に基づいて、ちゃんとお金を工面してよ、とは裁判では言えない、ということになります。

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不法原因給付

では、妾契約は無効であるとして、現にお金を渡してしまっていた場合はどうでしょうか。

上記例で、現にAさんがBさんにお金を工面して渡してしまっていた場合です。契約は無効になるわけですから、AさんはBさんに、お金を返せ、といえそうです。

しかし、この点に関し、判例の基本的な立場は、不法原因給付(民法708条)という仕組みを使って、AさんのBさんに対する返還請求を否定するという立場です。

愛人だったBさんは、Aさんから工面してもらったお金返さなくていい。

民法708条
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。

結論として、Aさんからの「金返せ」の要求を否定するのは妥当ですよね。

完全に主観ですが、愛人に渡したお金を後になって、いやそれ無効だからやっぱり返せ、というのは、なんかめっちゃ格好悪い。潔くない気がします。

条文の難しさはともかくも、愛人関係維持の目的でもらったお金について、愛人側は返さなくてよい。払った側は返せとは言えない。

小難しい話 本当にそれは妾契約か?

妾契約に関する基本的な法律上の論点は、上記の通りです。ただ、最後に小難しい話をします。次の事例を考えてください。

愛人との消費貸借に関する事例

AさんとBさんは愛人関係にあった。Aさんは、Bさんが「お金が今すぐ必要」というので、100万円をBさんに貸した。

Aさんは、この100万円につき、後で返してもらうつもりであり、この100万円を渡したのは、愛人関係を維持が主目的ではなかった。

100万円を渡したのは、現に今すぐお金が必要というBさんの求めに応じて渡したに過ぎないもので、Bさんの方も、現にお金を必要としており、後できちんとAさんに返す意思を持っていた。

この事例では、真に妾契約か否かを検討

このケース、皆さんはどう考えますか?公序良俗に反し、無効ですか?AさんがBさんに返せっていうのはおかしいですか?

判例・裁判例の傾向を見ても、こうしたケースについてまで、Aさんの返還請求を否定するものではないようです。

その根拠としては、Aさんがお金を渡した目的が、愛人関係の維持の目的とは直接関係しない(この消費貸借契約が妾契約とはいえない)という点に求められます。

上記事例を通じた注意点

ここで私が何を言いたいのかというと、愛人にお金を渡す契約だからといって、それだけをもって、直ちに公序良俗に反して無効と判断されるわけではないということ。

結局は、個別のお金のやりとりに関し、そのお金を渡した目的が愛人関係の維持等にあるのか、そうでないのかによっては、その合意が妾契約といえるか否か(返還請求の可否と直結する)の認定が異なり得ます。

先の例で言えば、「Bさんは確かに愛人だし、普段からお金を渡してきたけど、この100万円だけは違うんだー」というAさんの主張につき、裁判でも通用する余地がないとはいえない、ということです。

そのため、妾契約、愛人契約が争点になる裁判であっても、実際には「その合意の目的はなんなのか?」といった主観的事実の認定に関わる事実認定論がさらに問題となりうるわけです。