心裡留保の判例・裁判例

心裡留保が裁判で問題となることは、裁判全体の割合の中ではそこまで多くありませんが、いくつか下級審に現れた事例を本記事で紹介します。

なお、心裡留保については、改正内容も含めて次のページで詳しく整理していますので、ご確認願えれば幸いです。

民法93条の適用の可否が争いになった裁判例

この記事では、民法93条の適用の可否が争いになったケースとして、合意退職に関するケース、同棲契約の解消に関するケース、交通事故の示談に関するケースを紹介しています。

合意退職に関する裁判例

最初に紹介するのは、合意退職に関する事例です。

使用者と退職勧告・レッドバージに対し、労働者側・従業員が退職願を提出する行為について、従業員側が、民法93条但書により退職願による意思表示は無効である、と争うケースは少なからずあります。

合意退職に関する裁判例として有名なのは、大阪高等裁判所昭和38年2月18日判決(労民集14・1・46)です。

この判決の事案は、企業側の指名解雇に対して、従業員側が辞職願を提出して契約を合意解除した事案です。

ただ、当該退職に関し、従業員は退職金を受領したものの、退職金の受領に際して、労働者としての地位保全の仮処分を行っており、かつ退職金は、給与の一部として受領する、と通知していました。

その後、労働者は、当該合意解除は、心裡留保であり、相手方たる使用者もこれを知り、または知り得たので、無効であると主張しました。

<判決の内容>
上記事案において、判決は、心裡留保(93条1項)の成立自体は認めたものの、使用者側の善意・無過失を理由として合意解除を有効としています。

心裡留保の成立を認めた点では評価されるものの、使用者につき善意・無過失との評価を与えた点については評価が分かれ得るところです。

なお、合意退職に関し、心裡留保が問題となった事案は、その他にもいくつかありますので挙げておきます。

・岡山地裁昭和43年11月28日 判時559号
・東京地判昭和44年6月13日  判時561号
・横浜地判昭和38年9月30日  労民集14・5・1333

同棲生活の解消と心裡留保

その他、卑近な例としては、同棲生活を解消するために、2000万円の支払いを約した合意が、心裡留保で無効である、と争われたケースがあります。

東京高等裁判所昭和53年7月19日判決(判時904号)です。

<判決の内容>
この判決では、2000万円を支払うとの契約が真意に基づいてなされたものでなく、相手方もこのことを知り、または知りうべかりしものであったとされ、当該合意は、心裡留保により無効と判断されました。

示談と心裡留保

交通事故における示談が、心裡留保として無効と判断されうる、との趣旨の判断がなされたことがあります(福岡高等裁判所昭和39年7月9日判決)。

この事案は、交通事故死亡者の遺族が、自己の加害者側から提示された次の趣旨の内容を含む書面に署名・捺印したというケースです。

「加害者が受領する保険金を遺族が受け取ることによって、事故に関する損害賠償関係を一切解決する」

当該事実関係の元、被害者側の遺族が、当該行為が心裡留保により無効と争いました。

<判決の内容>
裁判所は、当該事案において、上記書面に署名捺印した遺族側の行為につき、その書面の内容が遺族側による債務の「一部免除」となるのであれば、当該行為は心裡留保に該当し、かつ、加害者は悪意であり、無効との判断をしました。

民法93条但書類推適用に関する最高裁の判例

なお、民法93条の但書に関しては、代表権の濫用のケースおいて、その類推適用を認めた有名な最高裁判決がありますので、以下、規範に関わる部分のみ、引用しておきます。

<最高裁判所昭和38年9月15日判決>
「株式会社の代表取締役が、自己の利益のため表面上会社の代表者として法律行為をなした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知りまたは知り得べきものであったときは、民法93条但書の規定を類推し、右の法律行為は、その効力を生じないものと解するのが相当である」