通謀虚偽表示:民法94条

大学1年生の頃、民法の試験・論文で頻出だったのが、民法94条に規定される通謀虚偽表示でした。

特に、同第2項が、いわゆる権利外観法理を学ぶ上での格好の材料であることから、民法総則でも重要な条文としてクローズアップされるのだと思います。

通謀虚偽表示とは?~民法94条1項~

通謀虚偽表示とは、相手方と意を通じて行った虚偽の意思表示です。定義としてのポイントは、次の二つ。

①「意を通じている」という点と、②「虚偽の意思表示である」という点です。

①ここで「意を通じる」というのは、互いに、その意思表示が真意でないことを知っている、という状態を指します。

心裡留保が、単独での虚偽表示(一方当事者が真意でないことを知りながら、意思表示をする)と言われることがあるのに対し、通謀虚偽表示は、当事者双方が真意でないことを知りながら意思表示をする場合である、とも言われます。

②また、虚偽の意思表示というのは、法律効果を発生などさせる真意がないのにその意思を表示することを言います。

商品の原産地を違法に偽装するなど、そういった意味合いのものではなく、あくまでも契約の申込みや承諾など、民法の意思表示に関するものであるという点はご注意ください。

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上記の通り、通謀虚偽表示は意思表示に関する概念です。

そして、意思表示とは何でしょうか?法律行為の中核をなす概念ですが正確に理解している方は多くありません。

改めて意思表示の概念につき、ご確認いただければ幸いです。

意思表示について

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虚偽表示は、上記の通り二人以上の人物が「意を通じた」との点が要件となります。

これに対して、単独の虚偽表示ともいわれる概念があります。心裡留保です。

虚偽表示と心裡留保は双方、内心的な意思を欠いていることを表意者が知っているという点で共通します。

概念整理に、心裡留保に関する記事も併せて読んでいただけますと幸いです。

・心裡留保~民法93条~

通謀虚偽表示の具体例

通謀虚偽表示の典型例は、不動産の仮装売買です。

実際とは違うのに、土地や家屋の名義のみ変えておく、というものです。

上記の通り、通謀虚偽表示は、意を通じた虚偽の意思表示を意味します。

そして、不動産の仮装売買は、仮想買主・仮想売主間にて意を通じてなされる通謀虚偽表示の典型例としてよく挙げらます。

実際には当事者間で売買をする気が無いのに、不動産の売買をしたことにするものです。

この通謀虚偽表示は、親類間などで行われることが多いです。

夫婦間で税金対策や強制執行を免れる等の目的で、A所有の不動産につき、仮装の売買や贈与を理由にB所有名義とする等の行為が行われます。

虚偽表示の要件・効果

通謀虚偽表示は無効です(民法94条1項)

条文を見ておきます。民法94条第1項です。

民法94条1項
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。

94条1項は、条文としてはシンプルです。意を通じてなされた虚偽の意思表示は、効力を有しません。具体的には次の二つの要件事実を満たす時、当該意思表示は無効となります。

① 表示に沿う真意が表意者に無いにも関わらず、意思表示がなされたこと
② 両当事者が意を通じて、①のように装う合意をしたこと

たとえば、①AとBが真実売買をするつもりが無いのに、②意を通じて売買の意思表示を仮装した場合、当該売買の意思表示は無効となります。

この場合、仮装の売買契約に基づいてAが不動産名義をBに移転してしまっていた後でも、当該売買契約は無効ですので、AはBに対し、所有権に基づいて、不動産名義を元に戻せと主張できます。

虚偽表示における第三者について

他方で、通謀虚偽表示があっても善意の第三者は保護されます。

民法94条2項によれば、「通謀虚偽表示だから94条1項に基づき無効だ」という主張は「善意」の「第三者」にはできません。

また、条文上は「無過失」までは要求されていない点も重要です。

たとえば、不動産の仮装売買があったと知らずに、虚偽の買主との間で新たに不動産の売買契約を締結した第三者は、知らなかったことにつき過失があったとしても保護の対象となります。

民法94条2項

虚偽表示に関し第三者保護要件を定めた94条2項を確認します。民法を体系的に勉強した人は、一度は見たことがある条文です。

民法94条2項
前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

同項は、上記の通り、通謀虚偽表示の無効につき、善意の第三者に対抗することができない、と定めています。

この意味は、当該意思表示が虚偽であることを知らなかった第三者には、民法94条1項に基づく「無効」を主張できないという意味です。

仮装であっても、その外観を信じて取引に入った善意の者を保護しようとする趣旨です。ちなみに、法律用語で善意というのは「知らなかった」ということを意味します。

また、この規定を直接適用する場面では、第三者に「無過失」までは要求されません。善意有過失でも保護の対象です。

通謀した表意者の帰責性が高く、第三者保護要件として、善意の他に無過失まで要求するのは、バランスを欠くからです。

第三者保護の要件事実

民法94条2項が定める第三者保護のための要件事実は、大ざっぱに言えば、次の二つです。

①通謀虚偽表示にかかる意思表示につき善意で、
②法律上の利害関係を有するに至った者であること

なお要件事実というのは、ここでは、第三者側が94条2項の保護を受けるために主張・立証しなければならない事実を指します。

この二つの要件が満たされる場合、通謀虚偽表示における表意者は、当該第三者に対して、その無効を主張し得なくなります。

第三者保護要件適用の具体例

保護される第三者の具体例としては、たとえば仮装売買を知らずして新たに取引に入った者が挙げられます。

たとえばAを不動産の売主、Bを買主とする通謀虚偽表示がなされ、AからBに仮装の所有権移転登記がなされていたとします。

また、その後、①AB間に売買が有ると信じ、その売買が仮装であると知らなかったCが②Bから当該不動産を買い取ったとします。

この場合、Cは、民法94条2項にいう善意の第三者ですので、Aは、Bへの所有権移転の売買は無効であるとCに主張できません。Cは有効に当該不動産の所有権を取得できます。

民法94条2項類推適用

もっと大事なことを言います。民法94条2項は、類推適用の場面で真価を発揮します。

ここでは、いわゆる権利外観法理という考え方が機能します。

判例法理が展開された

民法94条を直接適用する場合についての説明については上記の通りですが、民法の勉強で同条がクローズアップされる場面は、実は同2項を類推適用する場面です。

そもそも、民法94条2項が直接適用される場面においては、同1項の定める「通じて」(通謀)の要件が満たされることが前提です。

しかし、世の中には、意を通じて仮装がなされたという場面以外でも、権利の外観を信頼した第三者を保護すべき、という場面は存在します。

そこで判例上展開されたのが、民法94条2項の類推適用です。

権利外観法理

民法94条2項の類推適用の前提として、真実とは異なる見た目(外観)を作った者に非がある場合、その見た目を信じた者を保護しようね、という価値観があります。

虚偽の外観の作出につき、真の権利者に帰責性があるにもかかわらず、その外観を信じて取引に入った者が何ら保護されないとすると、あまりに酷ですよね。

そこで、判例は、この価値観に基づき、登記などの外観を信じて取引に入った者に対しては、その保護を図る道を開いています(いわゆる権利外観法理という理論です。)。

94条2項直接適用の可否

たとえば、名義移転につきAB間で意を通じたということはなかったものの、Bが、Aの所有不動産につき自己の名義のものとしており、Aもこれを認識しながら容認していたという場合を想定します。

ここで、Cが登場して、Bから当該不動産を買い受けた場合、民法94条2項を直接適用できるでしょうか。

もうお分かりかもしれませんが、この場合、AB間で意を「通じて」意思表示がなされた、との要件が満たされない為、民法94条は適用できません。

したがって、直接適用ではCは保護されないことになります。

外観を信じた者の保護の必要性

しかし、上記の場面でも、B名義の登記を信頼して取引に入った第三者たるCを保護すべき要請(価値観)は、虚偽表示がなされた場面と何ら変わりありません。

そこで、判例は、上記のように94条が直接適用できない場面においても、同2項を類推適用して、第三者の保護を図るという理論を展開しました。

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上記のような判例の考え方は、権利外観法理という考え方に基づくものです。

権利外観法理については次の記事で詳細に解説しています。

是非一度ご参照ください。

権利外観法理とは?

判例の紹介

以下、94条2項を直接適用しえないケースにて動同項を用いて事案を処理した判例⑴⑵を紹介します。ここから先はステップアップレベルです。

⑴昭和45年9月22日最高裁判決
この判決は94条2項のみを摘示した判決です。そこでは第三者保護要件として無過失は要求されていません。

⑵昭和43年10月17日最高裁判決
この判決は、民法94条2項の他、民法110条を摘示した判決です。そこでは第三者保護要件として無過失も要求されています。

昭和45年9月22日判決

まず。最高裁昭和45年9月22日判決。この判例は、まさに民法94条2項を類推適用した事案です。

この判決は、94条が定める保護要件の通り、第三者保護のために第三者が無過失であることは要求していません。

最高裁昭和45年9月22日判決
「不実の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によってされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右94条2項を類推適用」する。

「所有者は、・・・その後当該不動産について法律上利害関係を有するに至った善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもつて対抗することをえないものと解するのが相当である。」

「けだし、不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、右承認が登記経由の事前に与えられたか事後に与えられたかによって、登記による所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである」

最高裁昭和43年10月17日判決について

次に、最高裁昭和43年10月17日判決。これは、民法94条2項と併せて、110条を援用した事案です。

この判例のケースでは、94条2項のみならず110条の法意が加味されて第三者保護要件に無過失まで要求されています。

最高裁昭和43年10月17日
この判決は、「不動産について売買の予約がされていないのにかかわらず、相通じて、その予約を仮装して所有権移転請求権保全の仮登記手続をした場合」につき、次のように判断しました。

「外観上の仮登記権利者がこのような仮登記があるのを奇貨として、ほしいままに売買を原因とする所有権移転の本登記手続をしたとしても、この外観上の仮登記義務者は、その本登記の無効をもつて善意無過失の第三者に対抗できないと解すべきである。」

「けだし、このような場合、仮登記の外観を仮装した者がその外観に基づいてされた本登記を信頼した善意無過失の第三者に対して、責に任ずべきことは、民法94条2項、同法110条の法意に照らし、外観尊重および取引保護の要請というべきだからである。」

(※なお、この判例を見て『「法意」ってなんだよ?類推適用じゃダメなのかよ』、という突込みは控えましょう。法意という言葉の意味が広すぎるので、答えは永久にでません(私見))。

判例について若干のコメント

上記のように第三者保護要件がケースによって異なるのは、判例が本人の帰責性の程度と第三者保護要件の重さにつき、上手いことバランスを取ろうとしているためです(私見)。

民法94条2項類推適用にかかる事案・判例の整理については種々の見解が有り得るところですが、考え方の一つとして、次のような整理もありえると思われます(私見)。

要は、本人の帰責性と、第三者保護要件とのバランス論です

本人の帰責性が大きい⇒第三者保護要件は善意のみ
本人の帰責性が小さい⇒第三者保護要件は善意・無過失

これを上記二つの判例につき見ていきましょう。

善意のみを要求した前者の判決について

94条2項のみ使った最高裁昭和45年判例のケースは、本登記につき、所有者が承諾していた事案です。

所有者に「通謀」と同レベルの帰責性があるとの価値判断が根底にあるものと思われます。

真の権利者の帰責性が大と評価されるため、94条2項で定める以上に第三者保護要件を厳しくする必要はありません。

判例では、「登記による所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由」がないとされ、単に94条2項が類推適用されています。

善意・無過失を要求した後者の判決について

他方で、110条を援用した後者の判例においては、「通謀」と同視できるレベルの帰責性までは表意者にはないとの価値判断があったのではないか、と思われます。

この事案では、「不動産について売買の予約についての仮装」(仮登記)がなされていたものの、本登記に関しては、所有者の承諾は認定されていません。

売買予約の仮登記があるにせよ、売買の予約が実行されなければ、登記上、所有権は元の所有者のままです。買主に移転しません。

そうすると、本登記の外観を仮装した場合や、所有者が仮装の本登記に承諾を与えた場合に比して、所有者の帰責性は小さいとも評価できます。

その結果、バランス論として、第三者保護要件を加重する要が生じ、判例は、110条の法意を援用し、第三者に無過失までを求めている、と理解されます。

※なお、上記の整理はもちろん私見です。関連各判例につき、種々の整理の仕方があること、ここで留保しておきます。