今回の記事は、民法96条が定める詐欺の要件についてです。
具体的には、「詐欺による意思表示」といえるための要件について、説明します。
詐欺取消の要件
まず条文を確認します。民法96条1項です。
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
3つの要件が必要
民法96条1項から読み取りにくいかもしれませんが、この規定から、詐欺取消のためには次の3つの要件の充足が必要です。
- 詐欺行為がなされたこと、
- これによって相手方が錯誤に陥ったこと
- 当該錯誤により意思表示がなされたこと
後述の故意を含め、上記詐欺の要件につき、取消を主張する側が立証責任を負います。
なお、厳密にいえば、上記3つの要件は取消権発生の要件です。
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詐欺取り消しの理解は、96条の条文構造を理解することでさらに深まります。
なお、詐欺・強迫に関する民法96条の条文構造についての記事は、次のページをご参照ください。詐欺・強迫の定義や概念、第三者保護要件などについて解説した記事です。
取消の意思表示
取消は、法律行為ですから、その効果を発生させるには意思表示が必要です。
そのため、詐欺取消の要件事実としては、上記①~③に加え、表意者が「取消の意思表示をしたこと」が求められます。
①詐欺行為がなされたこと
以下、上記取消権発生に関する3つの要件について見ていきます。
①詐欺がなされたこと
この要件は、客観面と主観面に分けて考えるのが便宜です(整理の仕方はいろいろあろうかと思いますが・・・。)。
平たく言えば「だます行為」と「だまそうとする故意」が必要になります。
だます行為~真実とは異なる事実の告知等(客観面)~
当たり前ですが、詐欺行為がなされたといえるためには、まず、相手方を欺罔・騙す行為があったといえることが必要です。
ここで、「だます」というのは、基本的には、真実に反する事項を告知することを指します。なお、その告知は明示・黙示のものでも構いません。
また、あえて重要な真実を告げず、当該真実に掛かる事実がないと誤信させることも詐欺に該当し得ます。
場合によっては、単に黙っているということも欺罔行為(ぎもうこうい)に該当するとされるケースもあります。
だまそうとする故意が必要(主観面)
また、詐欺行為(欺罔行為)があると言えるためには、行為者に故意があることが必要です。
そしてその「故意」は、より具体的には、相手を誤信させようとする故意と、その誤信(錯誤)によって意思表示をさせようとする故意を指します。
そのため、行為者が、真実に反すると知りながら、真実と異なる事実を告げる行為は欺罔行為ですが、行為者自身も真実であると認識して、誤って真実と異なる事実を告げる行為は、詐欺取消にいう「欺罔行為」に該当しません。
たとえば、ある絵画について、その絵画が著名な画家の描いた本物であると認識して、これを本物として売却したが、実際は偽物だった、という場合、売主自身、絵画を本物と思っていますから、相手を騙そうとする故意がありません。
したがって、詐欺は否定されます。なお、この場合には別途、買主側の錯誤や売主の担保責任等の規定により、買主側の保護を図るといったフォローは考えられます。
②これによって相手が錯誤に陥ったこと
②詐欺取消が認められるためには、詐欺行為によって、その相手方が錯誤に陥ったことが必要です。
ここでは、詐欺取消にいう「錯誤」について理解しておくことが重要です。
錯誤の対象と程度
錯誤というのは事実を誤信することをいいます。
この点、改正民法のもとでは、民法95条に基づく錯誤取消につき、錯誤が目的・取引上の社会通念に照らして重要であることが、要件として要求されます。
他方で、条文からも明らかですが、民法96条にいう詐欺の結果としての錯誤については、それが「重要であること」は要件とはなっていません。
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
民法96条で求められる錯誤の対象は、民法95条で求められるほど重要であることを要しないという点には留意が必要です。
ただし、詐欺の結果、錯誤が生じた場合でも、それが極めて些末な部分を対象とするものである場合は別問題が生じます。
この場合には後で述べる因果関係の要件が満たさないと考えられます。
そんな部分に誤信・誤解があってもなくても、貴方自身、その意思表示はしているよね、と評価されるということです。
表示の要否
また、民法96条の詐欺の結果としての錯誤は、いわゆる縁由(動機など)の錯誤を含みます。
この点、民法95条を見ると、同条は、錯誤取消の要件につき、「法律行為の基礎とした事情につき、法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと」を要件としています。
前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる
これに対して、詐欺の結果としての錯誤については、当該要件は課されません。
つまり、詐欺の結果、動機に関わる認識と事実に食い違いが生じた場合、これが法律行為の基礎とされていること表示されなくても、詐欺取消は成立し得る、ということになります。
詐欺の場合は、民法95条の場合と異なり、意思表示の内容としてこれが表示されていることまでは要求されない、ということになります。
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民法の錯誤関しては、次の記事で解説しています。法律要件・効果などを詳細解説した記事です。
詐欺取り消しの因果経過における「錯誤」との違いをぜひご確認ください。
③当該錯誤により意思表示がなされたこと
詐欺取消の3つめの要件は、③錯誤により意思表示がなされたといえることです。因果関係が必要になります。
たとえば、絵画の売買に関し、これは本物の絵画だと騙されかけたとします。
しかし、買主がそれは偽物だと見抜いた上で、偽物でも、出来がいいから買っておこうと考えて、当該絵画を買う、との意思表示をしたとします。
この場合、当該絵画を買うという意思表示は、誤信した事実にもとづくものではなく、偽物でも出来がいいから買う、という動機に基づくものです。
この場合には、欺罔行為があったとしても、その錯誤によって意思表示がなされたとはいえないので、詐欺取消は認められません。