今回のテーマは無効についてです。
一口に無効といっても、実際、その性質に応じて区分すると、民法上、種々の無効があり、初学者の理解を難しくしています。そのことが無効と取消しの違いの理解をさらに難しくしている節があります。
そこで今回は、「無効」の概念を整理して紹介します。
無効とは
法律にいう無効とは、法律上の効果が発生しないことを指します。
この用語は、たとえば、当該契約は、公序良俗に反するゆえに、「無効」であるなどの使われ方をします。
日常用語においても、その「切符は無効だ」などという言い方をしますよね。
その場合のイメージとしては、「効力が否定される」というものだと思いますが、民法の無効も基本的にはこれと同一です。
法律上の効果が否定される。
法律行為が無効となる場合
法律行為が無効になる典型例というか代表的なものは、法律行為自体の要件を欠く場合です。
たとえば、特定の方式を満たすことを要求とされる法律行為(遺言等)につき、その方式を満たしていない場合や、物の交付が法律上の要件となる要物契約において、当該物の交付を欠いていたような場合です。
このような場合、民法で求められる法律上の要件を具備していないため、当該法律行為は無効と判断されます。
また、法律行為は、その一般的な4つの有効要件を満たさない場合も、無効とされます。そのほか、公益的利益に反する場合と表意者の保護を図る場合や無権代理行為がなされた場合も、法律行為は無効となります。
法律行為の種類や分類のほか、上記法律行為の一般的な4つの要件についても説明しています。ぜひご参照いただければ幸いです
公益的利益に反する場合
ある法律行為が公益的利益に反するために無効となるのは、次のような場合です。
・公序良俗違反(民法90条)
・強行法規違反(民法91条)
公序良俗違反の場合というのは、反社会性・公益性が著しい場合に、当該法律行為を無効とすべき場合です。他方、強行法規というのは、当該法律に違反した場合に、その違反する法律行為が無効とされる法律の規定をいい、強行法規違反はその法律に違反することを言います。
これら二つの違反は、その法律行為の効力を認めてしまうと、公益的利益に著しく反し、または法が強行法規とした趣旨・目的を実現できないことから、無効とされます(なお、この二つは、法律行為の4つの有効要件とも重複します)。
たとえば、公序良俗に反する例としては、暴利行為や妾契約を挙げることができます。
強行法規違反の例としては、労働基準法を下回る労働条件を定めた契約を挙げることができます。
これらの内容については、「公序良俗」カテゴリーをご参照願えれば幸いです。
表意者保護のための無効
また、表意者の保護を図るために法律行為が無効となるのは、次のような場合です。
・心裡留保(民法93条)
・虚偽表示(民法94条)
・意思能力の欠如(民法3条の2)
大雑把に言えば、心裡留保というのは、真意を欠くことを知りながらなされた意思表示のことを言います。また、虚偽表示というのは相手方と意を通じて真意と異なる意思表示をすることを言います。
また意思能力というのは、意思表示をなしうる精神能力のことです。意思能力が欠如してなされた法律行為は、判例上も、法律上も、無効とされます。
これらの内容については、「意思表示/法律行為」のカテゴリー内にて随時詳細な解説をしていますので、ぜひご参照願えれば幸いです。
なお、従前の改正前民法においては、錯誤の効果も「無効」とされていました。しかし、改正後の民法においては、錯誤の効果は取消しに改められています。
この点については、次の記事にて解説していますので、ぜひご確認下さい。
改正民法における錯誤の要件論などにつき、注意すべき事項などを説明した記事です。
無権代理無効
上記のほか、無権代理も、民法上は「無効」とされます。
ただ、これは、実際上は、本人への「効果不帰属」を意味し、追認なき限り、無効というにとどまります。
次の関連記事で紹介していますので、ここでは割愛します。
無権代理行為につき、基本的な解説に加え、一部追認の可否などの応用的な論点についても解説しています。
無効の意味
一口に無効といっても、その意味は多義的です。人的範囲(無効の効力が及ぶ人の範囲)、時的範囲(無効の効力が時的に遡るか否か)、物的範囲(法律行為の内、どの部分が無効となるのか)の3つの範囲に応じて整理するのが理解しやすいかと思います。
人的範囲による整理
まず、法律行為が誰にとって無効であるか、あるいは無効をだれが主張できるかという観点から、無効は、絶対的無効と相対的無効・片面的無効に整理されます。
絶対的無効について
まず、当該法律行為が、だれにとっても無効である場合を、絶対的無効といいます。
たとえば、公序良俗に反する行為は、その反社会性ゆえに絶対的に無効であると理解されます。
この絶対的無効については、民法が規定を置いています。民法119条です。
無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
この119条本文の趣旨は、絶対的に無効な行為を当事者間の意思に基づき有効とすることはできない、と定めたものです。
ただし、同本文には但書が、付されています。これによると、無効であることを知って、当事者の一方が追認した場合、その追認当時において、無効原因がない限り、当該法律行為があらたになされたものとみなされます(ただし、その追認が有効であるためには、その時点において、無効原因がないことが必要です)。
相対的無効について
他方で、契約当事者間など、相対する関係者間でのみ無効とされるのを相対的無効といいます。
たとえば、通謀虚偽表示などにおいて、善意の第三者が現れた場合、通謀虚偽表示がなされた当事者間では、当該法律行為は無効であっても、第三者との関係では、無効を主張できません。
それを反射的効力というべきか否かは、ともかくも、善意の第三者との関係では、当該通謀虚偽表示は有効なもの(無効と言えないもの)として扱われます。
取消的無効について
さらに、相対的無効の内、表意者一方からしか無効を主張できないものを、片面的無効とか取消的無効といいます。
たとえば、通説においては、意思能力を欠く者が行った法律行為(意思表示)の無効を主張できるのは、その意思能力を欠いた者のみ、と理解されています。
ここでは、意思能力を欠いたもののみ、片面的に無効を主張できるので、これを片面的無効とか取消的無効といいます。
なお、取消しと片面的無効(取消的無効)は、主張権者が制限される点では同一の視点に立ちますが、主張期間の有無(民法120条参照)等の点に差があるといわれます(ただし、この差も解釈で埋めようとする見解が有力です。)
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
無効の時的範囲による分類
また、無効は、その効力が及び時的範囲によっても分類されます。
遡及的無効(そきゅうてきむこう)
まず、法律行為の当時に遡って、法律行為が無効となるものを遡及的無効といいます。
絶対的無効であれ、相対的無効であれ、時的にみれば、法律行為は、法律行為の当時に遡って無効となるのが原則です。
たとえば、売買契約が無効となる場合、買主は商品を売主に返さなければなりませんし、売主は売買代金を買主に返さなければなりません。
両当事者ともに、売買契約当時の原状に復すことが求められるわけです。
将来的無効
他方で、法律行為が将来にわたって無効となる場合もあります。
特に多いのは、継続的契約を無効とする場合で、たとえば、AB間の不動産の賃貸借契約が解除等により無効となる場合、契約の効力が失われるのは、解除されて以後、ということになります。
契約の当時に遡って、契約が無効となる場合、契約の最初からの賃料をすべて返還せよ、ということになりかねませんが、将来に向かってのみ無効とすることで、過去に支払った賃料の清算などは不要となるわけです。
物的範囲による分類
また、物的範囲によっても、無効が分類されることがあります。要は、法律行為の内、どの部分が無効になるのか、という観点からの分類です。
全部無効
ある法律行為が無効とされる場合、法律行為全てが無効となるのが原則です。これを特に全部無効といいます。
一部無効
他方で、法律行為の一部のみが、無効とされる場合もあります。これを特に一部無効といいます。
たとえば、お金を貸し借りする際に、利息制限法を超えた利率を定めたとします。
これを利息制限法に違反するからとして、利率の約定部分を全部無効とするのでは、さすがに利息をつけて貸した者に酷です。
そこで、高すぎる利率を、合法(利息制限法の範囲内)と言えるレベルでは有効とし、残部のみを無効とする(一部無効とする)、という処理が考えられます。
無効行為の転換
ここで、無効行為の転換について触れておきます。
無効行為の転換というのは、ある法律行為としては無効であったとしても、その他の法律行為の要件を満たす場合に、当初の法律行為を法律上の要件を満たすその他の法律行為に転換する行為を言います。
ホットケーキを作ろうとして、間違えてお好み焼きの粉を使って生地を焼いてしまった場合に、もうそれをホットケーキとしてではなく、お好み焼きとみなして作り上げてしまう、というような、そんなイメージです。
無効行為の転換が認められた例として紹介される判例としては、嫡出でない子の届出に認知の届出としての効力を認めたものがあります(最高裁昭和53年2月24日)。
「嫡出でない子につき、父から、これを嫡出子とする出生届がされ、又は嫡出でない子としての出生届がされた場合において、右各出生届が戸籍事務管掌者によつて受理されたときは、その各届は認知届としての効力を有するものと解するのが相当である。」
「右各届は子の認知を主旨とするものではないし、嫡出子でない子を嫡出子とする出生届には母の記載について事実に反するところがあり、また嫡出でない子について父から出生届がされることは法律上予定されておらず、父がたまたま届出たときにおいてもそれは同居者の資格において届出たとみられるにすぎない」(戸籍法五二条二、三項参照)
しかし、「認知届は、父が、戸籍事務管掌者に対し、嫡出子でない子につき自己の子であることを承認し、その旨を申告する意思の表示であるところ、右各出生届にも、父が、戸籍事務管掌者に対し、子の出生を申告することのほかに、出生した子が自己の子であることを父として承認し、その旨申告する意思の表示が含まれており、右各届が戸籍事務管掌者によつて受理された以上は、これに認知届の効力を認めて差支えないと考えられる」
本妻との間の子として届け出る行為は、本妻の間の子としての届出については実体上の要件を欠き無効ですが、自分の子としての届出としてみた場合には有効と評価するものです。ただ、この判例については、転換というよりは、無効の範囲(物的範囲)の問題としてとらえる見方もありえるところです。
取り消しうる行為と無効
最後に、法律の要件として、その行為が取り消しうる行為に該当し、かつ、無効である、という場合について述べたいと思います。
たとえば、未成年者が、ある法律行為を行ったところ(その結果、未成年取消しが可能)、当該法律行為が、実体上あるいは方式上の要件を欠き、無効であったという場合を想定します。
問題の所在は、ある法律行為が無効である場合には、取消しの対象となる行為の効果が発生していないこととなるのだから、取り消しよりも、無効が優先するのではないか、という点です。
純理論的には、無効を優先すべき様にも思われますが、一般的には、無効原因が公序良俗に反するといった場合でない限りは、無効の主張を選択するか、取り消しの主張をするかは、当事者にゆだねてよい、と理解されています。
したがって、上記のように、取り消しうる行為につき、無効原因も存する場合、無効を主張すべきか。取消を主張すべきかは、当事者の選択にゆだねられものと解されます。
この点につき、民法講義Ⅰ民法総則(近江幸治著第5版 成文堂)は283頁において次のように述べているのが参考になります。
「当該法律行為が無効原因と取り消し原因とを有していることがある・・・。この場合には,当事者に,そのいずれの主張を認めても差し支えない(通説)」