今日のテーマは期限の利益についてです。
言い回しがいかにも法律用語なので、その言葉からイメージがつかみにくいかもしれません。
そこで以下、その定義や意味等について、説明していきます。一度理解してしまうと、そこまで難しいものでも無いので一度押さえておきましょう。
期限の利益とは
期限の利益とは、期限の到来までに、債権債務関係にある当事者が得られる利益のことを言います。
期限の利益は、主として、債務者の利益のみを指すと誤解されることもありますが、債権者・債務者双方ともに帰属しうる利益です。
民法においては、第136条及び137条に関連条文が規定されています(後述)
債務者にとっての具体例
債務者にとっての期限の利益は、定められた期限まで、債務を履行しなくてもよい、というものです。
使用貸借を例に説明すると
たとえば、友人に無償で車を借りたというケースで、これを1か月後に返せばよいという約定が付された場合、借主は、1か月後まで車を返す必要はありません。
借主は、借りた車を1か月間使用できるわけですから、1か月という期限が定められたことによって、借主は1か月分の使用の利益を得ています。
このような借主のメリットのことを期限の利益といいます。
消費貸借を例に説明すると
上記の説明は、物の貸し借りに関するものですが、金銭の貸し借りについても同様です。
たとえば、今日、お金を借りたというとき、それを今日中に返さなければならないのと、1か月後に返せばいいというのとでは、借主は、返済のための準備期間を長くとることができます。
1か月という期間が定められたことによって、その間は借金を返済しなくてもよい、というメリットを得ているわけです。
債権者にとっての具体例
また、期限を定めたことが、債権者にとってもメリットとなることがあります。
たとえば、100万円を年10%の利率で貸し付けたという場合、貸し付けた側は、1年後には元金の返還請求権(100万円)のほか、利息債権として10万円を借主に請求することが可能です。
ここでは、利息と合わせて、期限が付されたことにより債権者にとっても利益が発生しているわけです。
民法136条について
上記の通り、期限の利益は債権者及び債務者双方に妥当しうるものであるため、それをどちらが受けているかはケースごとに判断することになります。
ただ、現実取引において期限の利益は多くの場合、債務者のために、との趣旨で設けられることが少なくありません。
たとえば、上記に述べた友人からの車の貸し借りについてみれば、1か月後に返せばよい、というのは、債務者である借主にとっての利益であり、債権者にとってのメリットは通常、想定しにくいところです。
このように、期限の利益は多くの場合、債務者にとってのメリットであることから、民法第136条第1項は、期限は債務者の利益のために定めたものと推定しています。
第136条 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
但し、民法136条第1項は、あくまで推定規定です。
実際には債権者のために期限が定められたという反証が成立した場合、この推定は覆り得ます。
その場合には、債権者にとっての利益である、と判断されるケースもありえれば債権者・債務者双方ともにその期限により利益を有していると判断されるケースもあり得ます。
期限の利益の放棄について
以上、期限の利益について見てきました。次にその放棄について見ていきます。今度は、上記民法136条の第2項を見てください。次のように規定されています。
期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
同項の本文に書いてある通り、期限の利益は放棄することが可能です。
ここでいう「放棄」というのは、期限の利益を有する者が、その期限はもういらないとの意思を表示することを言います。
なお、放棄の主体は利益を有する者です。
期限の利益が債務者のために定められている場合には債務者は放棄をすることができますし、これが債権者のために定められていた場合には、債権者がその利益を放棄できます。
放棄の具体例
放棄の具体例を挙げてみます。
債務者による放棄の例
先ほどの車の貸し借りの例では、借主は本来、1か月貸主に車を返す必要はありません。
しかし、借主は、自らの判断で1か月経過するより前に車を貸主に返すことができます。
1か月車を使用できるという利益を放棄することができるからです。
債権者による放棄の例
また、期限の利益がもっぱら債権者に付与されている場合、債権者もこれを放棄することが可能です。
たとえば、海外転勤などのため、1年間を期限に、家財を人に預けていた(寄託していた)といった場合において、海外転勤期間が想定より短期に終わったとしましょう。
こうした場合、寄託者は、1年間家財を預かってもらえる期限の利益を有していたものと考えられますが、これを放棄して短期に家財を返却してもらうことが可能と解されます。
相手方の利益を害することはできない。
上記の通り、民法136条2項本文によれば期限の利益を放棄することは可能です。但し、これによって相手方の利益を害することはできません(同但書)。
たとえば、1年後、元金100万円に10%分の利息付けてお金を返済しなければならないというケースにおいて、債務者たる借主が期限の利益を放棄して、半年で元金を返すといった場合を考えましょう。
この場合、債権者たる貸主は、本来であれば1年後に元金100万円と利息10万円をうけとることができたはずです。
それにもかかわらず、債務者が「半年で期限の利益を放棄する、半年で返したのだから元金100万円と半年分の利息(5万円)だけを支払う」というのは、債権者は半年分の残利息5万円を損したことになります。
これは債権者にとっての利益を害するもので、公平性を欠きます。
そこで、民法136条2項は、期限の利益の放棄によって、相手にこのような損をさせることはできない旨規定しています。
上記のような場合に、債務者がそれでも期限の利益を放棄しようとするなら、債務者が本来支払わなければならなかった差額の残利息分(5万円)も併せて債権者にしはらうことが民法においては必要になります(大審院判例昭和9年9月4日判決参照)
金融機関や貸金業者に対する繰り上げ返済(早期返済)にも上記と同様の問題が生じます。
ただし、金融機関や貸金業者が、繰り上げ返済によって、本来支払われるべき利息が受け取れなくなったと主張してくることはまずありません。
繰り上げ返済をしたからといって、本来の期限までの残利息分を支払わなければならない、ということには通常なりません(当初合意で民法136条2項本文但書きの適用が排除されているものと解される。)
期限の利益の喪失について
期限の利益の放棄は、自らその利益はもういらない、との意思を表示するものでした。
これに対して、自らの意思にかかわらず、自動的に期限の利益が無くなってしまう、という場合もあります。これを期限の利益の喪失といいます。
たとえば、お金の貸し借りの例で、借主が期限の利益を喪失した場合、借主は直ちに借金の返済をしなければならなくなります。
分割で返済をしていくというような約定をしていた場合も同様で、借主は、貸主に対して一括返済をしなければならなくなるのです。
民法137条
期限の利益の喪失はどのような場合に生じるのでしょうか。この点に関し規定しているのが民法137条です。
民法137条は、債務者に関し、①破産手続開始決定があった場合、②債務者が担保を棄損等した場合、③債務者が担保提供義務などを怠った場合に、債務者はその利益を喪失する旨定めています。
これらの場合、債権者は直ちに債権行使(破産債権行使を含む)を求めたいと考えるのが通常ですし、反対にこれを否定するのは公平に反するといえるからです。
第百三十七条 次に掲げる場合には、債務者は、期限の利益を主張することができない。
一 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
二 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
三 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
期限の利益喪失条項
民法が定めた喪失事由は上記の通りですが、実社会、特に消費者契約や企業間取引等においては、上記のほかにも。期限の利益喪失の原因となる事由をあらかじめ契約で定めておくのが一般的です。
その契約の定めのことを期限の利益喪失条項といいます。
たとえば、金銭を毎月分割で返済するといった消費貸借契約において、2か月滞納があったとしましょう。
2か月滞納は、上記民法の規定における規定では、喪失事由(①破産手続開始決定があった場合、②債務者が担保を棄損等した場合、③債務者が担保提供義務などを怠った場合)に該当しませんから、債権者は一括返済を求めることはできません。
でも、こうした場合、債権者としては将来返済がちゃんと受けられるのか不安になりますよね。
そこで、消費者契約や企業間取引等においては、上記のような場合に備えて、予め契約書に「2か月分滞納があった場合には期限の利益を喪失する」などの条項を置いておくわけです。
これにより、現に2か月の滞納が発生した場合に債務者は期限の利益を喪失し、債権者は一括返還請求をすることが可能となります。
契約書に定められる喪失事由の例としては次のようなものがあります。
① 債務者が倒産手続(民事再生など)に入った
② 債務者が手形の不渡りを受けた、支払停止に陥った、第三者から差押・仮差押・仮処分を受けた
③ 債務者に重大な契約違反(2か月滞納を含む)があった
期限の利益喪失条項を定めておくことは、個人間で分割払いの合意をするといった場合においても極めて重要です。
民法が定めた喪失事由は非常に限定的であり、通常なら一括弁済を求めたくなるような事情が発生した場合でも、「期限の利益」によりこれができない、ということが往々にして生じえます。
慰謝料などの示談金を分割弁済してもらうような合意をする場合、よくよく注意しておくことが望まれます。