今回のテーマは、民法における時効についてです。
このテーマをめぐっては、取得時効や消滅時効の仕組み、援用の意思表示、その他更新・完成猶予など、重要テーマが盛りだくさんです。
そこで、これらのテーマの詳細については、別の記事に譲るとして、今回の記事では、平成29年の民法改正を前提に民法上の時効制度を概観します。
なお、本記事において、以下、単に時効という場合には、民法における時効を指すことにします。
民法の時効とは?その意味について
時効とは、ある事実状態が一定期間経過した場合に、その利益を受ける者の意思表示によって、権利を発生させたり、義務を消滅させたりする仕組みのことをいいます。
このうち、権利を発生させるものを取得時効、権利を消滅させるものを消滅時効といいます。
民法典においては、主として第1編総則第7章(第144条から169条)において規定されています。
なお、同第7章は次の3つの節からなります。
第1節 通則(144条~)
第2節 取得時効(162条~)
第3節 消滅時効(167条~)
取得時効とは
上記のうち、取得時効というのは、大ざっぱに言えば、ある人が、一定期間、ある物を自らの所有物として占有している(または、所有権以外の財産権の行使を継続している)という場合に、時効援用の意思表示(後述)の下、その権利の取得を認める、という仕組みです。
たとえば、実際にはAさんの物であるが、Bさんが自分の物だと勘違いして持っていたという場合でも、取得時効が成立した場合、Bさんはその所有権を取得できます(反面、Aさんはその所有権を失います)。
この効果のことを時効取得といいます。
消滅時効とは
また、消滅時効というのは、ある債権者が一定期間権利行使をしない場合に、債務者などの援用の意思表示(後述)の下で、その権利を消滅させるという仕組みです。
たとえば、貸金業者が一定期間、借主に権利行使をしない場合、借主たる債務者側は時効援用の意思表示をすることで、貸金業者の債権は消滅し得ます。
この効果のことを債権の時効消滅といいます。この場合、債権者の権利が消滅しますので、債務者はその義務を免れることになります。
簡単にいうと
大ざっぱですが、上記のような時効制度を簡単にいうと、次のようになります。
<取得時効>
他人のものでも、自分のものだと思って、何事もなくそれを一定期間持ち続けたら、本当に自分のものにできる。
<消滅時効>
自分が権利を持っていても、それを一定期間行使しないと、相手が望むことでその権利は消滅してしまう。
二つの時効観(実体法説と訴訟法説)
上記のとおり、時効には、ある人に権利を取得させたり、ある人の権利を消滅させたりする力があります。
では、このような法律関係の変動はどのように理論づけられるのでしょうか。
実体法説と訴訟法説
この点については、大きく二つの考え方があります。実体法説と訴訟法説の二つです。
実体法説は、時効によって、直接的に権利変動が生じるとする考え方で、実社会における権利変動そのものと考えます。
これに対して訴訟法説は、時効を訴訟法的な仕組みと位置付ける考え方です。
両見解は、裁判外における時効の援用(後述)を認めるか否かといった点で差が生じうるといわれます。
実体法説は訴訟外の援用を認める見解、訴訟法説は訴訟外の援用を否定する見解に親和的です。
通説・判例と実務的な発想
ただ、現在の民法における時効を訴訟法的な仕組みと位置付けるのは、およそ文言的に無理があります。
たとえば、取得時効について定めた民法162条1項は、その効果につき「その所有権を取得する」と規定しています。また債権の消滅時効について定めた民法166条はその効果につき「債権は・・・消滅する」と規定しています。
これらの文言に照らすと時、訴訟法的な立場をとるのはちょっと無理です。判例・通説ともに実体法説に立っています。
二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき
なお、日常的にも、貸金業者に対する消滅時効の援用などは、内容証明郵便などを通じて裁判外で日々行われています。
内容証明郵便が届いた場合に、訴訟法説に立って「いや時効援用は訴訟外ではできないから」と反論することはおよそ考えられません。恥ずかしいレベルです。
現在の実務も、実体法説を当然の前提として動いています。
趣旨・存在理由など
では、上記のような時効制度の趣旨・存在理由はどのような点に求められるのでしょうか。
その趣旨・存在理由としては、一般的に「①権利の上に眠る者は保護に値しない」、「②法律関係の安定(永続した事実状態の尊重)」、「③立証の困難さの回避」の3つがあげられます。
① 権利の上に眠る者は保護に値しない
時効の趣旨・存在理由の一つには、「権利の上に眠る者は保護に値しない」という考え方があります。
権利があっても、それを長期間使用しない場合には法的な保護を与える必要はない、という考え方です。
これは、日常における発想としても分からなくはありません。
権利者とは言え、適宜の対応をしていなかったのだから、いまさら言っても遅いよ、という発想です。
② 法律関係の安定(永続した事実状態の尊重)
また、法律関係の安定を図る、というのもその趣旨・存在理由の一つです。
事実状態と真実との不一致が継続していると、法律関係が不安定になるため、それを解消するという発想です。
たとえば、Aさんの土地をBさんが自分のものだと思って占有を継続していた場合において、Bさんが、Cさんにその土地を賃貸したとします。
この場合の法律関係を考え出すと面倒ですしCさんの地位も不安定になります。
こうした不安定さを解消しようとする点に、時効制度の趣旨・存在理由がある、と考えるわけです。
③ 立証の困難さの回避
また、立証の困難さ回避も時効制度の趣旨・存立理由であると説明されます。
現実社会では、一定期間、時が経過することによって、ある事実を証明する証拠というのは、徐々に散逸していきます。
たとえば、土地の所有権をめぐり誰が本当の所有者なのか、あるいは、債権に対する弁済を巡り、金銭はきちんと支払われたのか、といった証拠は時の経過により徐々に散逸していきます。
こうした場合、真の権利・義務関係を証拠によって証明せよ、というのは時に困難を伴います。
そこで、こうした証明の困難さを回避するために、真実の権利義務関係とは別に、一定の事実状態をもとに権利義務の有無を判断しようというのを、時効制度の趣旨・存在理由の一つと考えるわけです。
時効制度の趣旨・存立理由としては、「①権利の上に眠る者は保護に値しない」、「②法律関係の安定(永続した事実状態の尊重)」、「③立証の困難さの回避」のどれか一つではなく、いずれもが妥当する、という考え方が一般的です。
①及び②は時効観をめぐる実体法説に親和的であり、③は訴訟法説に親和的ですが、実体法説に立つからと言って③が排斥されるわけではありません。
個別の場面ごとに①から③が妥当する程度に濃淡はありつつも、上記3つを多元的に見て、時効制度全体を通じた趣旨・存立理由と考えるのが一般的です。
成立要件
取得時効と消滅時効の個別の要件は、別の機会に解説することとして、以下、両者に共通する要件として、「一定の事実状態の継続」と「時効の援用」について見ておきます。
一定の事実状態の継続
上記に挙げた民法162条や166条にもあるとおり、時効が成立するには一定の事実状態が継続していることが必要となります。
民法162条についてみると、取得時効の成立には一定の事実状態が10年または20年という期間経過していることが必要になりますし、166条についてみると消滅時効の成立には権利不行使の期間が10年継続することが必要です。この期間のことを時効期間と言います。
時効成立までに一定の期間を要することは、「①権利の上に眠る者は保護に値しない」、「②法律関係の安定(永続した事実状態の尊重)」、「③立証の困難さの回避」という上記の制度趣旨・存在理由からも首肯できますね。
更新について
なお、時効期間は一旦進行を開始したら、もう戻らないというものではありません。一旦進行を開始した時効期間を途中でゼロに戻す仕組みがあります。これを時効の更新といいます。
たとえば、取得時効の期間が3年経過していても、更新があると時効期間はゼロに戻ります(改めてゼロから進行することとなる)。
完成猶予について
また、時効期間の進行を一旦停止させる仕組みあります。これを完成猶予といいます。
完成猶予がある間は時効は成立しません。
完成猶予を生じさせる原因としては、たとえば、天災などによって権利行使ができなくなっているような場合が挙げられます。天災によって権利者が権利行使することができない場合に、一定期間、時効が完成することを否定し、権利者に権利行使のチャンスを残すわけです。
更新及び完成猶予については別の機会に改めて解説します。
改正前民法における中断・停止につき、改正民法は更新と完成猶予という仕組みに再構成しました。ぜひ一度ご確認ください。
時効の援用
また、時効を成立させるには、それによって利益を受けるものが、「時効の援用」をすることが必要です。
法の建付けとして、必要とされる期間が経過したからといって、自動的に時効の効果が発生するわけではなく、当事者の意思表示が必要とされるのです。
ここでいう時効の援用というのは、時効完成の利益を享受する意思表示のことをいいます。
要は、「時効が完成によって権利を取得した」とか、「時効の完成によってその権利は消滅した」など、時効の完成を主張するする旨の意思表示が必要となるわけです。
この援用についても、改めて別の機会に解説します。
時効の効果:民法144条
上記のような要件を満たして時効が成立すると、所有権取得や債権消滅といった権利変動を生じさせる法的効果が発生します。
そして、その効果には遡及効(そきゅうこう)があります。
つまりは、法律上の効果が当初の時点にさかのぼって生じるということです。この点については民法144条に明文の規定があります。
第百四十四条 時効の効力は、その起算日にさかのぼる。
時効取得の遡及効
少しわかりにくいかと思いますので、想定ケースを元に、遡及効が無い場合とある場合とで違いを比較して説明します。
Aさんが農作物がとれる土地(Bさんが元所有)を10年で時効取得したケース
上記ケースでは、時効に遡及効が無い場合、その成立前に採れていた農作物はもともとの土地の所有者Bの物になります。
時効の効果が遡らない場合、その完成前の時点においては、あくまでBさんが当該土地の所有権を有していたことになるからです。
これに対して、遡及効があることを前提とすれば、土地の所有権取得の効果が時的にさかぼります。
その結果、10年で土地が時効取得されたことを前提とすれば、その土地はAさんが10年前から所有していたものと扱われます。
そのため、時効成立前に採れていた農作物もAさんに帰属することになります。
遡及効の有無によって、時効期間中に生じた権利の帰属に差が生じるのです。
時効消滅の遡及効
遡及効は消滅時効の場合にも生じます。
たとえば、利息支払の合意がある金銭の貸し借りに基づく債権が時効消滅した場合、その債権は契約初めに遡って消滅します。
そのため、利息債権も当初に遡って消滅します。
遡及効があることによって、法律上、その債権は初めからなかったものと扱われるのです。
類似制度・考え方
以上、民法における時効制度につき、概略を説明しました。最後に、時効制度類似の制度・考え方として、除斥期間及び権利失効の原則について簡単に説明しておきます。
除斥期間
除斥期間というのは、法律で定められた権利行使期間のことを言います。除斥期間が定められている場合、一定期間、権利行使がなされないと権利が消滅します。
消滅時効と類似しますが、権利消滅に関し、当事者の援用を要するか、あるいは、時効期間の更新があるかといった点で、両者には違いがあります。
除斥期間について解説した記事です。除斥期間を知ることで消滅時効の理解が深まると思いますので、ぜひご参照いただければ幸いです。
権利失効の原則
権利失効の原則というのは、一定期間権利行使がなされない場合に、信義則を根拠にその権利の行使を否定する考え方をいいます。
一定期間経過後の権利行使を否定する点で消滅時効と類似しますが、時効期間が法定されていない点、消滅時効の対象とならない権利をも対象としうる点で両者には差があるといわれます。
ただ、この考え方は、もともとドイツ民法における考え方であり、日本の民法において権利失効の原則を認めるべきかについては、議論が分かれています(否定説ないし慎重説が一般的と思われます)。