今回のテーマは「私法」という言葉・用語についてです。
法律・法学の基礎として学ぶ言葉であり、民法や憲法・行政法等の教科書で必ず出てくる用語ですが、一度、その意味や具体例を確認しておきます。
私法とは
難しい言い方になってしまって申し訳ないのですが、「私人間」というのは「しにんげん」ではありません、「しじんかん」と読みます。
たとえば、あなたがコンビニで買い物をしたり、自動車を購入したり、会社と雇用契約を結んだり、というのは、私人と私人(会社を含む)との間の出来事(契約)です。
おおざっぱに言えば、こうした私人間における出来事につき、権利義務を法的に規律する法規範が、私法の意味ということになります。
より学問的に言えば、私的自治に関する法規範が私法である、と言い換えることもできます。
公法とは
公法というのは、公的な権力の行使や公的機関の関係性を規律する規範です。「公法」を理解することが、「私法」の理解の近道です。
具体例としては、憲法や刑法、行政法、民事訴訟法などがあります。
憲法
公法といえば、まずは憲法です。
憲法は公法の王様です。
憲法は、国や地方公共団体の権力行使を制限したり、国会等、公権力行使に関わる国の統治機関のルールを規定したりしています。
行政法
憲法の子分に当たるのが行政法です。
行政法は行政の在り方や行政権の行使に関するルールを定めた法規範です。地方自治法や行政手続法等が典型例です。
ちなみに、「行政法」という名の法典はありません。
刑法
刑法も公法に分類されます。
刑法は、国家の刑罰権がどのような場合に行使できるかを定めた法律です。たとえば、物を盗む行為を窃盗罪という犯罪と定めているのが刑法です。
人刑罰権の行使という国家権力行使に関わるものであり、公法に分類されます。
民事訴訟法
民事訴訟法は民事裁判に関するルールを定めた法律です。そして、民事裁判は、主として私人間の権利義務関係にかかる紛争解決のために利用されます。
この点、私人間の紛争を解決するための手段という点に着目すると、民事訴訟法は、一見、私法かとも思えます。
しかし、民事訴訟法は、あくまで民事裁判等の「手続」についてルールを定めた法律です。その中身は裁判という「司法権の在り方」を定めた法律です。
そして、司法権は統治権に属します。したがって、民事訴訟法は、公法に分類されます。
裁判で議論される権利義務そのものは私人間に関わるものだとしても、裁判における審理の有り方や手続をどのように定めるかは、司法の在り方に関するルールですので、民事訴訟法は公法に分類されるというわけです。
私法の例
私法の例としては、民法、商法、会社法、知的財産法があります。
また、労働関係分野では、労働契約法が私法の例として挙げられます。
民法
私法の王様は、民法です。民法は、私法における一般法としての地位を占めます。
一般法としての地位を占める、ということの意味は、特別な場合を除き、私人間の取引や権利義務については民法が適用される、ということを指します。
民法典には、所有権や抵当権といった物権、債権債務関係や契約関係、不法行為等に関する債権、離婚や相続といった家族関係に関する家族に関するルールが置かれています。
商法・会社法
商法や会社法も、私法の典型例です。
商法は、会社や商人間の取引に関するルールを規定しています。また、会社法には、会社の自治や運営に関するルールが置かれています。
その他、手形法も、手形上の権利義務関係を規律しています。
これらはいずれも私法に分類されます。
知的財産法
さらに、著作権法や特許法などの知的財産法も私法の一つです。
著作権法は、著作物に関する私人の権利の内容等について定めた法律です。また、特許法は、特許に関する権利の内容等について定めています。
いずれの法典も、公法的な意味合いの条文がないわけではありませんが、一般的には私法に分類される法典です。
労働基準法・労働契約法
労働関係分野では労働契約法が私法の例に挙げられます。また、労働基準法もあえて分類するとすれば私法の一つです。
ただし、労働法上の権利義務については、社会政策的な目的から各種の規制が設けられ、当該目的達成のため、労働基準法上、行政権の行使が予定されています。公法的な側面もあるわけです。
そのため、次に述べる通り、労働基準法は、両者の中間的分野に属する法典とも評価できます。
公法との境目~社会法との関係~
上記においていくつか公法と私法との例を見てきましたが、実際には、公法?私法?と頭を悩ます問題も多々あります。
公法と私法との中間的領域に属する法律です。
社会法
私法と公法との中間的な領域に属する分野としては社会法があります。
たとえば、さきほど挙げた労働基準法も社会法といわれる法律の一つです。
この法律は主として、使用者と労働者との間の権利義務関係に関し、最低限度の雇用条件を定めた法律です。
ただ、同法は、使用者が同法の定める条件に違反した場合についての罰則を定めているほか、公務員たる労働基準監督官の権限(公法上の規律)なども定めています。
そこでは、私人間に関する規律と社会政策的な規律とが混在・融合しているともいえます。
私法、公法とに一概に分類できない
このように、法律の中には、私人間における権利義務関係に関するルールを定めると同時に、国家の権力行使等についても定めた規範があります。
このような法律は私法・公法との中間的領域に属する法律であり、本来、私法、公法一概には分類し得ません。
また、私法か公法かに頭を悩ませることには、学術的な意味はあっても、社会生活における実益・メリットはあまりないといえます。
法律の理解に際して大切なことは、その法律が何を定めているのかという内容の理解に尽きるからです。
公法と私法との交錯
私人間の権利義務が公法の適用に影響しうる
私法は、私人間における権利義務関係を規律する法規範ですが、私人間の権利義務関係が公法の規律・適用に大きな影響を及ぼすことがあります。
私人間の取引・出来事に公法が介入してくる場面です。
私法と公法とは、互いに大きく交錯し、互いに無関係ではいられません。
租税法を例に
公法の一つである租税法の適用場面を見てみると、私法と公法とが交錯することは一層顕著です。
たとえば、ある人が子どもに不動産を贈与したとします。これは、民法における贈与契約であり、まさに私人間の領域での出来事です。
しかし、このケースにおいては、租税法上、贈与税が付加される可能性があります。
また、より端的な例では、不動産の所有権があげられます。
不動産の所有という民法上の所有権に関しては、租税法上、固定資産税という課税が課され得ます。
このように、私法の権利義務関係が、公法の適用に影響することは実社会において多々あります。
私法と公法とは常に交錯していると考えても差し支えありません。
「私法上」という言葉の意味
これらの用語は多くの場合、「公法とは無関係だ!」という文脈で使われます。
最後に、蛇足になりますが、教科書等における『私法上』という言葉の意味について確認しておきます。
法律の教科書などで、しばしば、「私法上の権利」という言葉や、「私法上は有効」という言葉が使われることがあります。
これらの言葉は、主として、公法上の法律は、私法における権利義務には影響を及ぼさない、という意味合いで使われます。
たとえば、ある契約が、行政法規に違反したとします。当該契約をすることに罰則も課されていたとしましょう。
こうした場合に、その契約が行政法規に反するからと言って、当該契約を行った私人間たる当事者間でも無効となるのか、という点が議論されることがあります。
ここで、教科書などでは『行政法規に違反するとしても当事者の権利は「私法上の権利」であり当該行政法規違反とは無関係』と言ってみたり、『行政法規に反するとしても、当該契約は、「私法上」は有効』などと表現されたりすることがあります。