今回のテーマは留置権です。
以下、留置権とは何か、権利の性質や成立要件等について見ていきます。
なお、特別の断りがない限り、以下では民法上の権利を念頭に解説します。
留置権とは
より正確に言えば、他人の物に関して生じた債権の弁済を間接的に強制するため、当該物の占有者が、その物を留置することができる権利を言います。
ここでいう「留置」というのは、その言葉の通り、自己の占有下に留め置くことができる、という意味です。
債権の弁済を受けるまで、これは引き渡さないぞ、返してほしければ、債権の弁済をしろ、と債務者に弁済を促すことができるわけです。
具体例
具体例を見ておきましょう。
たとえば、Aさんが自動車をB修理工場に修理に出したとします。
この場合、Aさんが修理代金を支払わないのに、B修理工場が自動車を引き渡さなければならないとすると、Bさんは修理代金を支払ってもらえないとのリスクを引き受けつつ、車も渡さなければならないことになります。
Aさんが修理代金を支払わないまま逃げてしまったら、Bさんは丸々損をしてしまうかもしれません。
そこで、こうした場合に、民法は修理をしたBさんが、Aさんの車を留置できることにしました。
修理代金を支払うまで、車を返さないぞ、Bさんはこのように主張できるわけです。
先取特権・質権との違い
ここで、留置権の特徴を理解するため、同じく担保物権である先取特権・質権との性質などの違いについて見ておきます。
<先取特権・質権との性質等の違い>
発生原因 | 留置的効力 | 優先弁済効 | |
留置権 | 法定 | 〇 | × |
先取特権 | 法定 | × | 〇 |
質権 | 約定 | 〇 | 〇 |
先取特権との違い
両者は、いずれも法定担保物権である、という点で共通します。
そのため、いずれも当事者間の合意なく、法律上の要件が充足されることによって権利が成立します。
しかし、両者の本質的効力の所在は大きく異なります。
留置権の本質的効力は、目的物の引き渡しを拒絶できるという点にあります。
これに対して、先取特権の本質的子力は優先弁済効に求められます。
要は、先取特権は、競売等を通じて、他者に先立って、自己の債権の満足を得ることに主眼がある権利であり、法律効としての優先弁済効のない先取特権とは効果を大きく異にします。
質権との違い
両権利の共通点は、いずれも留置的効力を有する点に求められます。
しかし、質権が約定担保物権であるのに対して、留置権は法定担保物権であるという点で決定的に違います。
留置権は、法律上の要件を充足する事実により成立するのに対し、質権は約定担保物権であり、当事者間の合意に基づいて成立することになります。
また、両権利は、優先弁済効の有無の点で建て付けが大きく異なっています。
質権は、優先弁済効を有する担保権として、換価のための競売申立てが可能とされています。
これに対して、留置権は、換価を目的とした競売はできない、という建て付けになっています(ただし後述の形式的競売については注意)。
担保物権としての性質
ここで、担保権としての性質を確認しておきましょう。上記の具体例と併せて見ていきます。
・付従性、随伴性、不可分性は有る。
・物上代位性はない。
付従性
留置権には付従性という性質があります。債権なくして権利が存在し得ない、という意味合いです。
この付従性という性質により、留置権は、被担保債権の消滅と同時に消滅します。
さきほどの例で、Bさんが修理代金の弁済を受けた場合、留置権は消滅し、以後、Bさんは権利者からの車の引き渡し請求を拒絶することができなくなります。
また、被担保債権が時効により消滅した場合も同様です。
被担保債権が不存在となるために、やはり留置権が消滅します。
なお、余談ではありますが、留置権の行使を継続しても、被担保債権(先ほどの例では、修理代金)の消滅時効の進行は止まりません(完成猶予の効力がない。)。
被担保債権が時効消滅するのを避けるためには、債権について別途、更新や完成猶予の措置をとる必要があります。
留置権の行使は、債権の消滅時効の進行を妨げない。
随伴性
また、随伴性という性質があります。読み方は「ずいはんせい」です。
随伴性というのは、被担保債権が第三者に移転した場合、担保物権たる留置権もこれに伴って移転するという意味合いです。
先ほどの例では、Bさんが修理代金をCさんに譲渡すると同時に車の占有も移転した場合、Cさんが修理代金を被担保債権とする留置権者となります。
なお、留置権は、目的物の占有を失った場合に消滅します(民法302条 後述)。
そのため、被担保債権の移転と同時に、新債権者が目的物の占有を取得しなければ留置権は消滅するものと解されます。
教科書によっては、随伴性は付従性の一種であると理解するものもあります。
本ブログでも付従性というとき、随伴性も含む意味で使用していることがありますのでご留意ください。
不可分性
また、不可分性という性質もあります。割れるか割れないかで言ったら、割れません。
債権者は、被担保債権全部の履行を受けるまで、目的物のすべてを留置することが可能です。
さきほどの例で、Bさんは修理代金の一部の弁済を受けたとしても、やはり車のすべてを留置することができます。
Aさんからお金の一部は払ったんだから、その分の車のパーツは引き渡せと言われても、Bさんはこれを拒絶できます。
なお、不可分性については、明文の規定がありますので下に引用しておきます。
留置権者は、債権の全部の弁済を受けるまでは、留置物の全部についてその権利を行使することができる。
物上代位性
物上代位性はありません。
物上代位性というのは、担保目的物が金銭其の他の物に変わった場合に、その金銭などを請求する権利につき、権利者が代位できるという性質を指します。
留置権は、他人の物に関して生じた債権の弁済を間接的に強制するための権利であり、債権者(担保権者)が、物の交換価値を把握しているわけではありません。
優先弁済的効力がないため、物上代位性は否定されることになります。
たとえば、先ほどの事例で、Bさんが留置しているAさん所有の自動車がCさんに売却したとします。
物上代位性があれば、Bさんは、その売却代金債権につき、物上代位権の行使としてこれを差し押さえることができますが、物上代位性がないため、これができません。
成立要件
⑴留置権は、次の二つの要件を充足すれば発生します。
①「他人の物を占有していること」
②そ「の物に関して生じた債権を有すること」
⑵ただし、次の③に該当した場合は、留置権はまだ行使できません。
③ その債権が弁済期にないとき
⑶また、次の④の場合は、上記①②の要件を満たしても、留置権は成立しません。
④ 占有が不法行為によって始まった場合
民法295条
成立要件を定めているのは民法295条。以下条文を引用します。
1 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
民法295条本文記載の要件
民法295条第1項本文が定める成立要件はまず次の二つ。
<民法295条本文記載の要件>
①「他人の物を占有していること」
②そ「の物に関して生じた債権を有すること」
まず、留置権の本質的効力は「引渡しの拒絶」にありますので、①その物を占有していることが必要になります。
また、民法においては、被担保債権に関する要件として、②そ「の物に関して生じた債権(被担保債権)を有すること」が必要になります。
なお、上記の内、②の要件のことを債権と物との牽連性と呼ぶことがあります。
民法295条但書きの要件~弁済期未到来の場合~
もっとも、③被担保債権が弁済期にないときは、留置権は行使できません(同第1項但書き)。
たとえば、車の修理代金の支払日を令和2年4月末日までと定めたとしましょう。
この場合、4月1日時点で車を留置できるか、というと否定されます。
修理代金の支払い期限が到来しておらず、債権者たる留置権者が債務者に弁済を間接的に強制できる状況にないからです。
民法295条2項の要件~占有が不法行為により始まった~
④さらに、上記①の占有が不法行為により始まった場合、上記成立要件を満たしても、留置権は成立しません(④同2項)。
これは感覚的にわかります。
たとえば、盗んだバイクに必要な修理を行ったとして、その修理費用にかかる請求権を被担保債権として留置権を主張するのはどうでしょう?
公平性に欠けますよね。
対抗要件
不動産についても同様、占有が対抗要件となります。登記ではありません。
占有が対抗要件
留置権も物権である以上、第三者に対抗するには、対抗要件を備える必要があります。
対抗要件というのは、自分が権利者であると第三者に主張するための要件です。「私が権利者だー」と対外的に主張するための要件ということになります。
そして留置権の主張に要求される対抗要件は、占有です。
したがって、留置権者が、正当な利益を有する第三者に自己の権利を主張するには、「占有」が必要ということになります。
不動産登記は不要
留置権は不動産についても成立し得ます。
そして、不動産の物権変動の対抗要件と言えば、民法177条です。同条は、不動産物権変動の一般的な対抗要件につき登記を要件とすると定めています。
留置権の成立も物権変動ですから、この民法177条が適用されるとすれば、不動産にかかる権利成立を対抗するためには登記が必要ということになりそうです。
しかし、留置権については、これは妥当しません。
民法177条に関わらず、留置しているだけで対抗要件は充足すると理解されます。
留置権の対抗要件は、民法177条に関わらず「占有」ですので、目的物を所持・排他的支配している状況といえれば、登記失くして権利主張をすることが可能です。
ここで関連記事の紹介!
不動産物権変動の対抗要件を定めた民法177条は、資格試験対策などにおいて最重要条文の一つとなります。
本ブログでも詳細に解説していますので、ぜひ一度ご参照ください。
効果
・目的物を引き渡さなくて済む(引き渡し拒絶の正当化)
・果実収受が可能
・費用償還請求も可能
留置的効力(引き渡し拒絶の正当化)
冒頭述べた通り、留置権というのは、他人の物に関して生じた債権の弁済を間接的に強制するため、当該物の占有者が、その物を留め置くことができる権利です。
当該権利により、目的物の引き渡しの拒絶が正当化されます。
そのため、他人の物の占有を継続しても不法行為責任などを問われることはありません。
また、債務者が、物権的請求権に基づいて、物の引き渡しを求めた際、いわゆる引き換え給付判決(○○の支払いと引き換えに物を引き渡せ、という判決)が出されるにとどまります。
この場合、留置権者は、やはり被担保債権の弁済を受けるまで、物の返還を拒めることになります。
果実収受権の対象
また、留置権者は、目的物の占有を継続している間、その果実を採取して、他の債権者に先立ち、これを自己の債権の弁済に充当することが可能です。
ここでいう果実には、天然果実の他、法定果実も含むと解されます。
たとえば、天然果実についてみると、動物病院の医師がニワトリの治療をして、治療費債権を被担保債権としてニワトリを留置していたとします。
この場合、動物病院の医師は、ニワトリが生む卵を取得できる、ということになります。
1 留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができる。
2 前項の果実は、まず債権の利息に充当し、なお残余があるときは元本に充当しなければならない。
費用償還請求
さらに留置権者は、費用償還請求もできます。占有継続中に要したコスト分を請求できるという意味合いです。
この点を規定しているのが民法299条です。
1 留置権者は、留置物について必要費を支出したときは、所有者にその償還をさせることができる。
2 留置権者は、留置物について有益費を支出したときは、これによる価格の増加が現存する場合に限り、所有者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、裁判所は、所有者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
たとえば、目的物の保存のために必要な費用を支出したという場合、その費用の返還を債務者に求めることができます。
先ほどの例をもとにすると、留置中のニワトリが別途ウイルスに感染したので、さらに治療するため薬を投与したといった場合に、動物病院の医師は必要費として当該治療費を請求できます(民法299条1項)
さらに、予防のためワクチン接種まで行ったといった場合、有益費償還請求の可能性も生じます(同299条2項)
善管注意義務・使用禁止義務など
効果についての補足です。
留置権者には、上記のような権利が認められる一方で、注意義務やら使用禁止義務やらが課せられます。
善管注意義務
まず目的物に対する善管注意義務が課せられます(民法298条第1項)。
留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。
留置権者が目的物の占有を継続したり、果実を取得したりすることができるとはいっても、それは他人の物ですから、占有を継続している間、当該目的物は大事に扱わなければなりません。
占有継続中に不注意で目的物を壊してしまった、といったときは、その責任を負います。
使用禁止義務など
また、留置権者は、その物の価値を支配しているわけではありません。
そのため、債務者の承諾なしに、その物を使用したり(ただし、保存に必要な場合を除く)、貸与したり、担保に供するといったことはできません(民法299条2項)。
留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。
競売について
・換価のための競売は不可
・形式的競売は可能。その結果、事実上の優先弁済が受けられる。
換価のための競売は不可
まず、換価して配当を得る目的で競売を申し立てることはできません。優先弁済効がないからです。
この点、先取特権について見ると、民法303条に、「先取特権者は、この法律その他の法律の規定に従い、その債務者の財産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。」との規定があります。
他方で、留置権にはこれに類する規定はありません。
優先弁済的効力がないので、留置権には、これを競売で換価してお金に換えて返済を受ける、という機能は本来、無いということになります。
そのため、留置権については、民事執行法にて換価のための競売が認められていません。
形式的競売は可能
しかし、留置権に基づいて、形式的競売という競売を申し立てることは可能です。
形式的競売とは
一口に「競売」といっても、競売手続の中には、換価のための競売と形式的競売という二つの手続に分けることができます。
形式的競売というのは、大ざっぱに言えば、換価目的ではなく(目的物をお金に換える)、それ以外の目的で、目的物を売却してしまう、という競売手続のことを指します。
たとえば、分譲マンションなんかで、不良入居者がいる場合に、その不良入居者から当該マンションの専有部分の所有権を強制的に移転させる、といった場合に形式的競売が利用されます。
形式的競売は可能
そして、民事執行法上、目的物保管の負担回避を可能とするため、留置権についても、この形式的競売が可能とされています。
先ほど挙げた動物病院の医師がニワトリを留置している例では、もう保管できない、保管しやすいようにお金に換えたい、こういう目的で競売を行うことはできるわけです。
換価のための競売はできなくても、形式的競売は可能なんですね。
この場合、「競売」自体は実施され、留置権は、競売によって得られた金銭に存続します。
事実上の優先回収も可能
さらに、形式的競売によることで留置権者は事実上の優先回収が可能と解されます。
形式的競売の場合、通常の競売で実施されるような配当手続はありません。
しかし、売買代金が目的物に代わるものとして留置権者たる債権者に交付されます。
しかも、留置権者は、自己の被担保債権と、債務者の債権(競売で受け取った金員をこちらに支払え、と求める権利)とを相殺することが可能です。
これにより、留置権者は、事実上、債権回収を図ることができます。「事実上」の優先弁済権があると評価される所以です。
ただし、これは、留置権の効果ではなく、形式的競売という民事執行法及び民法の相殺の効果によるものです。
法律的な効果としては、あくまでも優先弁済効はない、という立て付けになります。
権利の消滅
最後に、留置権特有の消滅事由についてです。
①義務違反に基づく消滅請求
②代担保による消滅請求
③留置権者の占有の喪失
なお、上記①と②は債務者からの「請求」によって権利が消滅します。③の場合は、消滅請求を待つことなく、留置権が自動消滅します。
※なお、被担保債権が消滅した場合、留置権も消滅することは、上記に説明した通りです。
善管注意義務違反などを根拠とする消滅請求
上記の通り、留置権者は、善管注意義務や使用禁止義務などを負います(298条1項2項)。
この場合、債務者は留置権の消滅を請求することが可能です。
留置権者が前2項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。
代担保による消滅請求
また、債務者は相当の担保(物的担保・人的担保いずれも可。)を提供することで、留置権の消滅を請求することもできます(民法301条)。
ここにいう担保のことを代担保といいます。
ただ、なんでも代担保にできる、というわけではありません。
代担保として認められるためには、債権者(留置権者と債務者)の承諾が必要です。
債務者は、相当の担保を供して、留置権の消滅を請求することができる。
ここで関連記事の紹介!
そもそも担保ってなんだという方はこちらの記事をご参照ください。
担保という言葉の意味、法律上の用語の意味について解説した記事です。
占有の喪失による消滅
また、占有喪失により、留置権は自動消滅します(民法302条)。
留置権の本質的効力は、目的物を占有し続けられるという点にあります。
留置権者であっても、目的物の占有を喪失してしまっては、その本質的効力の享受ができません。
そこで、民法は、占有の喪失を権利消滅事由としています(ただし、298条2項の規定により、留置物が賃貸され、また質権の目的とされたときはその限りではありません)るのです。
上記に挙げたような債務者の消滅「請求」があって、権利が消滅するのではなく、「占有の喪失」という事実によって、権利が消滅する点に注意してください。
留置権者が債務者の承諾を得て、目的物を他人に賃貸などした場合、この場合、他人を通して、目的物の占有が継続していますから(間接占有)、権利は消滅しません(民法302条但書)。
債務者の承諾を得ずして、留置権者が目的物を賃貸した場合も同様です。
留置権者は、やはり他人を介して、間接占有を継続しているので、民法302条は適用されません。
もっとも、この場合は298条3項が機能し、債務者による消滅「請求」により、留置権は消滅します。