今日のテーマはホストの売り掛け保証についてです。民法全体で見たときは、ごくマイナーなテーマとなりますが、豆知識として読んでもらえると幸いです。
以下、ホストの売り掛け保証の仕組みと効力について見ていきます。
あ、私ホストの世界に詳しくないので、ところどころニュアンスが違うところもあるかもしれませんが、ご容赦ください。
ホストの売り掛け保証の仕組み
まず、ホストの売り掛け保証について見ていきましょう。
ホストのツケについて
ホストがつく飲食店で、ホストがお客さんに注文を勧め、お客さんが現にいろいろ飲み物などを注文するも、いざ帰る段になって、お客さんがその場でそれを支払えない、こうした場合、店側には売掛が発生します。
店は、お客に対して、飲食した代金・サービス代金を支払え、という債権を取得するわけです。これぞ俗にツケといいますね。
もちろん、強引にお客に注文させたり、その代金があまりに異常であったり(ぼったくりである)というような場合には、お客さんは、いわゆる公序良俗違反により、その代金の支払い義務は負わない、ということもあるかもしれません。
しかし、そうした事情がない限り、客側は、ツケを解消すべく、店に代金を支払わなければなりません。
ぼったくりについてはこちらの記事をご参照ください。ホストつきの店舗における飲食代金が実はぼったくりであったという場合にも妥当し得ます。
ホスト個人が売り掛け保証
こうしたツケにつき、店がホストに保証をさせることがあります。担当したお客さんがツケを支払わない場合に、ホストにそのツケを支払わせるのです。
一般社会に生きていて、本当にそんなことあるのか?と思われるかもしれませんが、店によっては、これは当然のように行われているシステムです。
法律的に見れば、飲食代金債権を主たる債権とする保証契約ということになりそうですが、保証合意ではなく、事実上、第三者弁済の強要などとみるべきケースもありそうです。
ホストの売り掛け保証は民法90条に反しないか
上記のようなホストの売り掛け保証は、時にホスト側に苛烈な義務を負わせることになります。飲食代金が高額であるという事情のみならず、店で働く労働者としての地位・自由をも制約することになりかねないからです。
民法90条と売掛保証合意の効力
こうした場合に頼りになるのが民法90条です。
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
この規定は、社会的にみてあまりに酷い契約などの効力を、公序良俗に反し、無効とする条文です。あまりに酷い契約の効力を否定する規定。
そして、ホストの売り掛け保証も、この民法90条により無効とされる場合があります。
公序良俗全般についていくつかの具体例とともに解説した記事です。不法原因給付に関しても併せて説明しています。
平成9年10月28日東京地裁判決
ホストの売り掛け保証が有効か否か争われた裁判に、平成9年10月28日の東京地裁判決がありますので、以下紹介します。
普段見ない社会なので、この仕組みを見るだけでも、結構興味深いです。よくこんな仕組み思いつくなと。華やかなステージの背後の実体はかなり過酷。
前提となる事実(飲食代金債権の発生原因となる事実)
まずは、売掛保証の前提となる飲食代金の発生原因について確認します。
新宿歌舞伎町にあるA店は、ホストが数十名在籍する店である。
客は、来店するとホストを指名する(指名された者を「指名者」と呼ぶ)ところ、指名者は接客に際して、他のホストを応援に呼ぶことができた(これを「ヘルプ」と呼ぶ)
指名者が客に請求する代金の内訳は、指名料やヘルプ料、飲食代サービス料等である。
代金の計算は店が行い、客は、指名者から見せられた金額のメモを店に支払うが、ツケで注文をすることも可能であった。
売り掛け保証に関連する事実
次に売り掛け保証の仕組みについて見てみます。
しかし、そのためには、掛売分がある場合、それを回収して店に入金することが条件となっていた。他方で、その回収できなかった場合は、指名料及びヘルプ料を含めて、給料から控除されることとなっていた。
また、ホストが店をやめる(退職する)には、ホストは、売掛金につき即日返済することになっていた(その額は800万円に及んでいたようです)。また、その支払いを遅滞した場合は、ホストは、月あたり7%の遅延損害金を付加して支払わなければならないとの合意もなされていた(金利高すぎ!)。
こうした状況のもと、店側は、自ら売掛金の回収の努力をすることなく、ホストの給料から控除することによって、その回収をはかるという運用が常態化しており、ホストに給料が支払われない時期が長期間続いた。
売り掛け保証にかかる判決内容骨子
概略、上記のような事実関係の下、裁判所はまず、次のような判断を示しています。
店とホストの関係は、被告を雇用者、原告らを被傭者とする従属的な雇用関係にあるというべきであり、顧客に対する売掛代金は、店(被告)の顧客に対する債権と解される。
そして、本件ホストと店との間の合意は、店が、経営者の優越的地位を利用して経営者が本来負担すべき掛売りによって生じる回収不能の危険を回避し、自ら顧客から取り立てるべき飲食代金を自己の被傭者であるホストに支払わせてこれを容易に回収しようとするものである。
これに加えて、同判決は次のような事情を考慮要素としています
・ホストが負担する債務は、売り掛けにより債務が無制限となること
・ホストは、掛け売りをしなければ、売り上げが上がらないので、給料もあがらないこと、そのために、顧客からの掛売りの申し出をホストがむやみに断れないこと
・掛け売りの額は、顧客の意思によって決定されること
・指名客の信用性や支払能力等の判断は困難であり、ホストの危険においてその判断を行わせるのは、ホストにとって酷であること
・ホストが店を辞めようとする際には、直ちに売掛未収金を支払わなければならないとされていること、また、その支払ができない場合、勤務継続か高額の遅延損害金の支払が必要となり、事実上、ホストの退職の自由が制限されていること
以上のような事情を前提に、判決は次のように結論付けました。あまりに不当な売り掛け保証は、暴利行為ないしこれに準じるものとして、公序良俗違反とされうることを示唆しています。
以上に照らすと、本件特約は、その目的がもっぱら被告の便宜を図ることのみにあり、その効果も被告が一方的に有利である反面、原告らに過酷な負担を強いるものであり、被告の優越的な地位を利用して結ばれたものと認められるから、公序良俗に反し無効と解さざるを得ない