民法96条は、詐欺と強迫に基づく意思表示に関する規定です。
詐欺やら強迫やらは、ニュースにおいてしばしば耳にしますので、この規定が民法上、重要な規定であることは間違いありません。
ただ、条文としては比較的シンプルですので、簡単に押さえておきましょう。
民法96条(民法改正後)
民法の規定は次のとおりです。
1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
同条は詐欺と強迫に関する規定ですが「強迫」の文言があるのは1項のみ。2項及び3項の理解としては、その反対解釈によって、強迫について適用が無いということが重要になります。
民法96条第1項について
まず、第1項を見てみましょう。これは、詐欺又は強迫行為については取り消し得る旨を定めた規定です。
詐欺取消の要件
詐欺取消が成立する要件(条件)としては、①詐欺行為(欺罔行為)がなされたこと、②この詐欺によって相手方が錯誤に陥ったこと、③当該錯誤に基づいて意思表示をしたこと、が必要となります。
なお、ここでいう「錯誤」は、民法95条にいう動機の錯誤を含む広い概念です。
強迫取消の要件
強迫取消が成立する要件(条件)としては、①強迫行為がなされたこと、②強迫行為によって相手が畏怖したこと、③当該畏怖に基づいて意思表示をしたことが必要となります。
詐欺・強迫の効果
民法96条が定める基本的な効果は「取消」です。
取消権行使の条件や効果、時効等については、民法120条以下で規定されています。
詐欺又は強迫につき、上記に述べた要件が満たされる場合、相手方は、取消権を行使できます(民法96条1項)。
ある商品を騙されて買った、強迫されて買った、という場合、買主等は、買うという意思表示を取り消すことができるわけです。
もっとも、この場合の買主の取消権はあくまで権利ですから、権利行使しなくても構いません。買主のほうから追認をして、契約を確定させることもできます。
なお、取り消し等を行いうるのは、詐欺などをされた者等に限られ、詐欺を行った方から取消権を行使することはできません(民法120条第2項)
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなされます(民法121条参照)
また、詐欺にかかる取消権も強迫にかかる取消権も追認が可能な時から5年が経過したときは、消滅時効にかかります。単に20年を経過したときも同様です(民法126条、124条)
錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす
取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
民法96条第2項について
第2項は第三者が詐欺を行った場合について規定しています。
詐欺についてのみ規定しており、強迫については規定していないという点には注意が必要です。
相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
第三者による詐欺について
たとえば、AさんがBさんに、真実偽物と知りながら、Cさんが持ってるあの絵画は本物だから買ったほうがいい等と騙した結果、BさんがCさんからその絵画を買ったという場合はどうでしょうか。
この場合、96条1項によりBさんは取消権を行使できそうですが、同2項により、Bさんは96条1項の要件を満たすだけでは取消権を行使できないとされています。
この場合、売買の相手方であるCさんがその事実を知り、又は知ることができたといえることが必要で、この条件を満たす場合に限りBさんは、取消権を行使できます。
詐欺の事実を全く知り得なかった取引の相手方(上記例ではCさん)を保護する趣旨です。
第三者による強迫について
民法96条2項は、第三者による強迫について何も規定していません。
何も規定していないということは、取消権行使につき、96条1項の条件の他には第三者詐欺の場合のような条件が課されない、ということです。
第三者が強迫をした場合、強迫をされた側は、単に96条1項の規定に基づき、取消権を行使できます。
このように第三者による詐欺と第三者による強迫につき、条件面で違いがあるのは、詐欺された者については少なからず帰責性が有るのに対し、強迫された者については帰責性を認めることができないため、と説明されます。
民法は、ほんのわずかかもしれませんが、騙す方、騙される方どちらが悪いかという俗な議論について、騙す方がもちろん悪いが、騙される方もちょっと悪い、という立場に立っているといえます(笑)
民法96条3項について
最後に、民法96条3項について確認しておきます。
詐欺取消は、善意無過失の第三者には対抗できません。
他方で、強迫取消は、悪意ある第三者や過失有る第三者に対しても対抗可能です。
前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
瑕疵ある意思表示にかかる第三者保護要件ですが、改正民法の条文では、錯誤、詐欺といった取り消しうる意思表示については、第三者に善意無過失が要求されます。他方で、心裡留保や虚偽表示といった意思表示を無効ならしめるものについては、単に善意のみが要求されています。整理して覚えやすいです。
詐欺取消前の第三者
上記民法96条3項の規定は、詐欺取消前の善意・無過失の第三者に対しては、取消による効果を主張できない、とする規定です。
たとえば、AさんがBさんに不動産を売り、さらに、CさんがBさんから当該不動産を購入したという場合に、後になってAさんがBさんとの売買を取り消したというケースを想定します。
こうしたケースにおいて、民法96条3項は、Aさんは取り消しを善意・無過失のCさんに対抗できないと定めています。
その結果、Cさんの不動産取得は、Aさんの取消によっても妨げられません。
対抗要件の要否
Cさんが保護されるために、Cさんが不動産登記を備えることを要するかという、小さな論点があります。
結論としては否定です。そもそもCさんは対抗関係にたちませんし、何より、条文上も求められていません。
実体的にも、Cさんには善意・無過失という保護要件が必要とされる以上、Cさんを保護するためにそれ以上の要件を要求するのは、バランスを欠く(騙されたAに若干なりとも帰責性があるというのが民法の建前)ものといえます。
強迫取消前の第三者
強迫取消前の第三者については民法に規定がありません。
つまり、強迫については、詐欺取消前の第三者のように、取消を対抗できない、とする規定がないということです。
したがって、強迫取消前の第三者は、強迫された者が意思表示を取り消した場合、その取消の効果を受ける、ということになります。
先ほどの例を強迫に置き換えると、AはCに強迫を理由とする取消を対抗でき、不動産を取り戻すことができます。