今回のテーマは、表見代理の代表格、民法110条が規定する権限外の代理行為(越権代理)についての表見代理です。
権限踰越の表見代理ともいいますね。
民法が規定する表見代理には民法110条のほかにも、同109条(代理権授与表示のケース)、同112条の場合がありますが、実際、問題となることが多いのはこの越権代理に関する表見代理です。
以下、要件論を中心に、解説していきます。
民法110条
例のごとくまず条文を見ましょう。改正民法110条の規定の内容は次の通りです。
前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
条文構造上、109条第1項を準用するとされていますが、これは、要は本人が無権代理行為につき責任を負うということを意味します。
民法109条の表見代理につき、説明した記事です。代理権授与表示とは何かなどの点につき、詳しく解説していますのぜひご参照いただければ幸いです。
基本代理権とは
さて、民法110条は条文の文言上、「代理人が」とされています。「代理人が」与えられた権限の範囲を超えて代理行為をした場合に適用される規定です。
文言上、「代理人が」とされていますから、民法110条の前提として、無権代理行為(越権代理)を行ったものに、代理権があることが必要となります(後述の論点参照)。この越権代理の基礎とされる代理権のことを基本代理権といいます。
たとえば、100万円分のA商品の取引につき代理権を与えられていたものが、150万円分の取引を行った場合、100万円分の取引の代理権が基本代理権となり、残50万円部分は、無権代理(越権代理)となります。
基本代理権と越権行為との同種性の要否
この基本代理権につき、越権代理行為との同種性の要否について一応確認しておきましょう。
越権代理は、大きく次の二つに分けることができます。
基本代理権と同種の行為につき越権がなされる量的な越権代理と、基本代理権と関係がない行為につき越権代理がなされる質的な越権代理です。
<量的な越権>
たとえば、100万円分のA商品の取引についてのみ代理権を有していた者が150万円分のA商品を購入するのは、量的な観点からの越権代理です。
<質的な越権>
他方で、100万円分のA商品の取引についてのみ代理権を有していた者が、A商品と全く異なる不動産や自動車などを購入するのが質的な越権代理です。
では、この質的な越権代理につき、民法110条の適用はあるでしょうか。これは言い方を変えると、基本代理権と越権行為との間に同種性を要するか、という論点になります。
大審院判例は、かつて、同種性を要求していたと解されていますが、その後、正面から同種性を不要としました。現在において、判例・通説も同種性は不要との立場に立っています。形式的な根拠としては、民法110条が単に「代理権」とのみ規定していることをあげることができますね。
いやしくも、ある代理権を有する者がなしたる行為なる以上は、仮にその行為と代理権との間になんらの関係がなくても、なお、同条の適用を妨げるものではない。
この当たりの論点は、民法110条の適用の前提の論点となるのに、基本書ではもうあまり説明されていないことも多いので、問題に気付いて悩み始めてしまうと、なかなか答えが見つからなかったりするんですよね。
私法上の代理権の要否(対外的権限であることの要否)
次に、基本代理権は、私法上の代理権であることを要するか、との点について。
たとえば、経理担当の従業員に印鑑を預けるとともに、経理などを担当させていたものの、外部取引にかかる代理権(私法上の代理権)を与えたことはない、というケースで民法110条が適用できるか、といった場合に問題となります。
判例は私法上の代理権が原則必要との立場
この点、事実行為を委託しているに過ぎないような場合でも、外形的に代理権ありとみることができる場合には、民法110条を適用すべきとの考え方もあるようです。
しかし、判例及び通説も、民法110条の適用に際しては、私法上の代理権(後述の通り、公法上の代理権につき一部例外あり)が必要との理解に立っています。
文言解釈に照らしてみても、別途民法109条が存すること(実際に代理権がない場合には109条での処理を検討しうる)からしても、判例・通説の立場が妥当でしょう。
昭和34年7月24日最高裁判決も、次のように述べています(一部管理人にて読みやすく改変)。
「訴外・・・株式会社の資金、経理担当者たる訴外A及びその部下である経理課長Bは、従前から右訴外会社取締役たる被上告人が出張その他不在中その取締役として担当する職務処理の必要上被上告人名義のゴム印及び被上告人がもっぱら取締役として使用するため届出てあつた印章を預かり会社のためその職務を行うことを認められていた」
「けれども、被上告人個人に法律効果の及ぶような行為についてこれを代理する権限は未だ曾て被上告人から与えられたことはなかったというのである。」
「されば、前記訴外A、Bは未だ曾て被上告人の代理人であつたことはなく、したがって、同訴外人らが被上告人から預かっていた前記ゴム印及び印章を使用して被上告人名義で本件保証契約を締結しても、これにつきいわゆる民法一一〇条の表見代理の成立する余地は存しない」
かかる判例の立場を前提とすれば、民法110条を適用する前提として、そもそも私法上の代理権があるのか、という点は慎重な検討を要することになります。
公法上の代理権についてはどうか
上記のとおり、判例は、基本代理権につき、原則として、私法上の代理権が必要である、という立場です。公法上の代理権は、原則として基本代理権にはなりません。
ただ、例外的に、公法上の代理権であっても、民法110条の基本代理権として肯定される場合があります。
公法上の代理行為が私法上の取引行為の一環としてなされるような場合です。最判昭和46年6月3日判決が参考となります。
「単なる公法上の行為についての代理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできない」
「実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。」
「したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。」
日常家事と基本代理権
では、さらに、夫婦の一方が、日常家事の範囲を超えて他方を代理した、という場合はどうでしょうか。
この点につき、判例は、民法110条の趣旨を類推して、相手方の保護を図ろうとしています。
参考になるリーディングケースが昭和44年12月18日最高裁判決です。
民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によって異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によっても異なるというべきである。
が、)他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたっては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあって相当でない
夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
この判例の立場は、取引の安全と夫婦の財産的独立との調和を図るため、民法110条をそのまま適用するのではなく、第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、当該第三者の保護を図るとしたものです。
なお、この判例の立場は、法定代理であっても、民法110条の適用がありうることを前提にしています。
昭和17年5月20日の大審院判決も、法定代理権を基本代理権として民法110条を適用しうることを肯定しており、法定代理につき民法110条の適用があるとの点については、従前の立場を維持したものと解されます。
正当な理由について
民法110条が適用されるためには、相手方において、代理人に権限があると信ずべき正当な理由があることが必要です。
では正当理由とはいかなる事情をいうのでしょうか。
代理権の不存在につき善意・無過失
判例は、この正当理由につき、代理権不存在についての善意・無過失と解しています。また、この立証責任は相手方に課されます。
つまり、代理権がなかったと信じ、またそう信じることにつき、過失がないといえる場合に正当な理由があるとされます。
もっとも、表見代理が権利外観法理にであ基づくものであるとすれば、本人の帰責性の大小(任意代理か法定代理か否か、あるいは代理権授与にかかるその余の事情等)も無過失の判断に取り込むことも十分に考えられます。
判例が明確に述べているわけではありませんが、善意・無過失の判断に関し、判例も本人側の事情をも考慮して判断している、と評価する立場も有力です。
権利外観法理と表見代理との関係、とりわけ主観的要件にかかる立証責任の整理については、「表見代理とは」の記事で解説しています。ご参照願えれば幸いです。
実印の交付について
正当な理由の判断に際しては諸般の事情が考慮されますが、特に実印の交付の事実が間接事実としては重要です。
判例が示す判断枠組み
実印が交付された事案において、最判昭和35年10月18日判決は次のように述べ、特段の事情がない限り、実印を託された代理人に代理権があったと信じるのは当然という判断枠組みを示しました。
「本人が他人に対し自己の実印を交付し、これを使用して或る行為をなすべき権限を与えた場合に、その他人が代理人として権限外の行為をしたとき、取引の相手方である第三者は、特別の事情のない限り、実印を託された代理人にその取引をする代理権があつたものと信ずるのは当然であり、かく信ずるについて過失があつたものということはできない。」
評価障害事実
もっとも、特段の事情という留保が置かれていることからも明らかなとおり、実印の交付があったとしても、正当理由が否定されることはありえます。
たとえば、基本代理権と越権代理との乖離が著しいケースや、実印を冒用しやすい者が実印を所持していたケース、その他疑うべき事情(文書の不自然性)などが存したケースでは正当な理由を容易に肯定することは避ける必要があるでしょう。
たとえば、上記判断枠組みが示される前のケースについてですが、最高裁は次のように述べています。
被上告人の実印をその妻たるAが保管していたこと並びにA、E等が自ら代理権があると告げたことがあつたとしても、これだけの事実によって、本件売買契約の締結につきAが被上告人を代理する権限をもつていたと上告人において信ずべき正当の理由があつたと判断しなければならないものではない。
この最高裁のケースは、印鑑を持っていたのが、実印を冒用しやすい妻である、という事実が評価されたものと思われます。
相手方の資質ないし能力
また、正当理由の判断に際しては、相手方の資質や能力も評価の対象です。正当理由の判断に際して、たとえば、金融機関が代理権の有無を調査すべき必要性や程度は、高いとも考えられます。
また金融業者でなくても、大量・多数の取引を行う商人が相手方となる場合、相手方において、当該無権代理行為の異常性(通常一般に行われる取引との性質・程度との乖離)に気付けたのではないか、本人意思確認などの調査をすべきだったのではないか、と問疑されることもあります。
もちろん、金融機関などの業者で亜あるからと言って、常に本人の意思確認をしなければならない、ということにはなりませんが、代理権有りとの外観の信用度が極めて高い、と言った場合を除き、注意すべき調査を怠った、などの評価を受けやすいと思われます。
小結
正当理由は諸般の事情を考慮の上判断されますので、考慮要素一切をあげることは難しいのですが、上記に挙げたような各種判例を検討すると、次のような各事情が重要になるといえそうです(とりわけ実印が重要なのは上記の通り)。
・外観の信用度(無権代理人が印鑑(実印)や印鑑証明書を持っているか、権利証等の重要な書類を持っているか等)、
・基本代理権と越権代理行為との乖離の有無や程度・取引の通常性(異常性)
・印鑑や各種書類の冒用可能性や容易性(外観の信用度を疑わせる事実)
・相手方の資質ないし能力