表見代理とは 

今回のテーマは表見代理についてです。

民法の代理制度における重要テーマのひとつであり、どういった場合に表見代理が認められるのかが、しばしば問題となります。

表見代理の各論についての詳細は、別ページにゆだねるとして、今回は、表見代理の概念・基礎知識、権利外観法理(本質となる背景理論)との関係等を押さえておきましょう。

表見代理とは

表見代理とは、無権代理行為につき、あたかも有効な代理権が存在するかのような外観が存する場合に、代理行為その外観を信じた相手方を保護するために、当該無権代理行為の法律効果と同等の責任を本人に帰属させる制度をいいます。

この表見代理は、民法上、3つの種類に区分されます。

一つは、民法109条が規定する代理権授与の表示による表見代理、二つ目は、権限外の行為の表見代理、三つ目は、代理権消滅後の表見代理です。

表見代理の効果

いずれの場合も、効果は同じです。無権代理としてなされた法律行為の効果と同等の責任が本人に課せられることになります

法律論として誤解しやすいところですが、表見代理が成立する場合に、無権代理行為が有権代理行為になる、というわけではありません。

後述する条文の規定もご確認いただきたいのですが、条文は、無権代理としてなされた契約が有効に本人に帰属すると定めているわけではなく、法律上の効果として、無権代理行為につき、本人が「責任を負う」と定めているにとどまります。

なお、有権代理にいう「代理」については、次のページにて解説しています。

関連記事:代理とは?実生活・実務と結び付けて解説します。
代理について、代理の基本的な要件効果、実務的観点から見た顕名の方法などを解説した記事です。代理の本質論も含め、一度ご参照いただければ幸いです。

表見代理の具体例

抽象的でわかりにくいかもしれませんので、すこし具体例でみてみましょう。

たとえば、Bが実際に代理権を有していないにもかかわらず、Aの無権代理人として、A所有の不動産をCに売却してしまったとしましょう。

この場合、当該売却は原則として無効ですが、表見代理が成立すると、当該売却は有効なものと扱われ、Aは、Cに不動産の所有権を移転しなければならなくなります。

表見代理により、Bが行った売却の法律上の効果(不動産の引き渡し)と同等の責任をAは負わなければならなくなるわけです。

表見代理制度における相手方保護~無権代理との関係~

表見代理は無権代理行為がなされた場合に問題となります。そして、民法は、無権代理人の責任について一定の手当(民法117条)を置いています。

第117条 (無権代理人の責任)
第1項
他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
第2項
前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。

無権代理人の責任

上記民法113条によれば、無権代理行為がなされた場合、相手方は、原則として無権代理人に対して、無権代理人の責任を問うことができます(民法110条)。

無権代理人の責任は、履行責任(契約上の義務を無権代理人が履行する責任)または損害賠償責任です

ここでいう損害賠償責任には、履行利益(契約が履行されたとすれば相手方が得られた利益の逸失にかかる損害)の賠償が含まれます

この無権代理人の責任は無過失責任とされており、無権代理人は自らに過失がなかったことを理由に免責を得ることができません。

関連記事:無権代理とは?民法113条~118条まで詳しく解説
無権代理人の責任については、当該関連記事で解説しています。無権代理人の責任に関する基本的な知識に加え、無権代理行為を一部追認することの可否等、あまり教科書で触れられていない論点についても解説しています。ぜひ一度ご参照ください。

このように、民法は、無権代理行為につき、相手方保護のため、無権代理人に重い責任を課しています。

このような重い責任に加えて、民法が表見代理の制度を設けたのはなぜでしょうか。

無権代理人の責任を問うのが現実的でない。

その大きな理由の一つは、そもそも無権代理人の責任を問うのが現実的でないことが多々あるからです。

具体的に想像してみましょう。上記においては、Bが実際に代理権を有していないにもかかわらず、Aの無権代理人として、A所有の不動産をCに売却してしまった、というケースを想定してみました。

この場合において、相手方たるCの保護が切実に問題となるのは、Cが売買代金等を代理人としてふるまったBに支払ってしまっているケースです。

このような場合において、Bに対する無権代理人の責任は現実に奏功するでしょうか。

全てがそうだとは言いませんが、そもそも、無権代理行為という犯罪めいた行為がなされるのは(そこには、刑法典に言う偽造・詐欺等が多くの場合絡みうる)、無権代理人が相当切羽詰まっている場合です。

端的に言えば、無権代理人はお金に困っている、無資力である、だから、切羽詰まって無権代理までやってしまっている、ということが少なくないのです。

こうした場合に、無権代理人に責任を追及しても、実際無資力のため、回収が見込めない、現実的でないということが往々にしてあるのです。

そこで、民法は、表見代理の制度を設けて、相手方の保護をさらに図っているのです。

責任の競合

教科書などでは無権代理人の責任と表見代理制度における本人の責任は併存するのか、競合するのか、という点が議論として挙げられます。

しかし、上記のように、無権代理人の責任に加えて、民法が、相手方保護の観点から表見代理の制度を設けていることからすれば、両者の責任を併存させるべきことは明らかです。

無権代理人は、表見代理が成立することを主張・立証してその責任を免れることはできませんし、本人からも、無権代理が成立するのだから表見代理は成立しない、などと主張することはできません。

権利外観法理との兼ね合い

表見代理は、権利外観法理の一種と言われています。

権利外観法理というのは、①虚偽の外観作出につき、②本人に帰責性がある場合に、③その外観を信じて取引に入ったものを保護しようという概念です。

権利外観法理という観点から表見代理を概念すれば、①あたかも代理権があるかのような有権代理の外観が作出され、②その外観作出につき、本人に帰責性がある場合に、③有権代理であるとの外観を信じて取引に入った相手方保護しようという考え方になります。

そして、権利外観法理の具体的な適用の場面では、②本人の帰責性の程度に応じて、③相手方の主観的な保護要件を厳格にすべきか、緩やかにして構わないのか、という判断がなされます。

本人の帰責性が重たい場合には、相手方を保護するための要件は緩やかでよいし、本人の帰責性がちょっとしかない場合には、相手方保護要件は厳格に据える、というバランス論的発想ですね。

要件論~本人の帰責性と相手方保護要件の整理~

上記の観点で、民法109条、民法110条、民法112条を俯瞰してみましょう。なお、主観的要件以外の細かな要件論は、各表見代理を説明したページにてご確認ください。

本人の帰責性と相手方保護要件たる主観的要件は、おおむね次のように整理できます。

3種の表見代理と相手方保護要件

以下、上記表にある本人の帰責性と相手方保護要件につき、条文ごとに少し検討してみましょう。

民法109条における相手方保護要件など

改正民法109条  
第1項
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

第2項
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

民法109条の基本的な場面(同1項)は、実際には代理権をあたえていないのに、本人が代理権を与えたかのような授与表示をしたという場面です。

それゆえ、本人の帰責性は大きいといえます。

そのため、相手方保護の実体的な要件こそ、善意・無過失とされていますが、その立証責任は、本人側に課されており、実質的な要件の緩和が図られています。

民法109条1項の場面においては、本人が相手方の悪意・有過失を立証しなければならず、本人がその立証に失敗すると相手方が保護されます。

相手方に善意・無過失の立証責任を課す場合よりも、相手方保護要件は実質的に緩やかにされているわけです。

民法110条における相手方保護要件など

改正民法110条(権限外の行為の表見代理)
前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

民法110条の基本的な場面は、本人が代理人に有効な代理権を与えたところ、代理人が、その代理権の範囲を超えて、あるいはその範囲と異なる法律行為をしてしまった、という場面です。

本人は単に有効に代理権を付与したにすぎませんから、その代理権の付与に帰責性を求めるとしても、そのような無権代理人を選んだ、あるいは監督を怠った等の点に求めるしかありません。

ものの本によれば、端的に、不誠実な代理人を選任した点に帰責性があるのだ、と説明がなされることもあります。

ただ、このような場面では、本人に帰責性があったとしても、その程度は、「小」といわざるをえないでしょう。

そこで、民法は、この民法110条の場面においては、相手方に、当該代理権があると信ずべき正当な理由があることの立証を求めています。

これは、実質的に、相手方に善意・無過失の立証を課すものです。すなわち、相手方が自らの善意・無過失の立証に成功した場合に限り、表見代理が有効に成立します。

そして、自らが善意であるとか、過失がなかったなどと立証するのは、実際には容易ではありません。

民法110条は、民法109条の場面よりも、相手方保護要件として、厳格な要件を課しているといえます。

なお、民法109条2項、民法112条2項が規定する越権部分については、上記と同様の観点から、相手方に正当な理由の立証責任が課されています。

民法112条における相手方保護要件など

改正民法112条 (代理権消滅後の表見代理等)
第1項
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

第2項
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

民法112条の基本的な場面は、本人が代理人に有効な代理権を与えた後になって代理権が消滅したところ、代理人であったものが、代理人として法律行為を行った、という場面です。

代理権を付与した点につき、本人の帰責性が問いづらいのは民法110条の場面と同様ですが、代理権消滅後、本人がその消滅を相手方に通知等することで、無権代理行為を防ぎうる、などの点に本人の帰責性を求めえます。

とはいえ、代理権がないのに代理権授与の表示をした民法109条の場面ほどの帰責性は本人には問い難く、あったとしても、その帰責性の程度はあったとしても「中」程度と評価することが可能です。

そこで民法は、実体的要件を民法109条と同じく、相手方の善意・無過失としながらも、善意の立証責任を相手方に課し、他方で、過失の立証責任を本人に課すことで、立証責任の分担を図っています。

立証責任の観点からは、相手方保護要件としてみれば、民法109条よりは緩やかですが、民法110条よりは厳格、ということになります。

善意無過失の立証責任

上記の善意無過失の立証責任を簡単にまとめると次の通りとなります。

予備校などの簡単なテキストでは、民法109条、同110条、112条の相手方保護要件につき、いずれも善意・無過失と表記されていることが少なくありません。

しかし、立証責任の違いによって訴訟の帰趨が左右されるので、実体的な要件は善意・無過失で同じでも、保護要件としての厳格さは大きく異なることになります。

表見代理と重畳適用

表見代理に関しては、民法改正前において、民法の各規定を重畳適用できるのか、という論点がありました。改正民法と絡みますので、最後に紹介しておきます。

民法109条と110条の重畳適用

改正前の民法において、代理権授与表示の表見代理(民法109条)は、代理権を授与していないのに代理権を授与した表示をした本人が、その表示された代理権の範囲でなされた無権代理行為につき、本人が責任を負うとするものでした。

改正前民法においては、あくまで、表示された代理権の範囲内の行為が民法109条の対象で、授与表示の範囲外の無権代理行為がなされた場合を直接の対象とするものではなかったのです。

他方、権限の範囲外の無権代理行為について規定しているのは民法110条です。

しかし、民法110条は、あくまで、何らかの代理権がある場合の規定ですので、代理権を授与していないのに代理権を授与した表示がなされた場合の無権代理は射程の範囲外となります。

授与表示された代理権の範囲を超えて無権代理行為がなされた場合に、民法109条及び110は、いずれも単独では適用できなかったのです。

この点、改正前民法下の解釈論においては、民法109条、110条を重ねて適用する(重畳適用)することで、上記の無権代理行為を表見代理として捕捉することがされていました。

最高裁昭和45年7月28日判決も、この重畳適用を認めています。

そして、改正後の民法においては、条文上の手当が置かれ、受験表示の範囲を超えて無権代理行為がなされた場合につき、表見代理が成立しること、明文化されました。

民法109条2項です。

再掲 改正民法109条2項
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

民法110条と112条の重畳適用

さらに、改正民法においては、改正前民法における110条及び112条の重畳適用についても、明文化しています。

民法112条2項です。

これは、消滅前の代理権の範囲を超えて無権代理行為がなされた場合においても、表見代理が成立しうることを明文化したものです。

再掲 民法112条第2項
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。