今回は表見代理の一つである民法112条についてです。
民法112条は、代理権消滅後に無権代理行為がなされた場合の表見代理について規定しています。
以下、条文を確認の上、要件・効果を押さえておきましょう。
民法112条1項(代理権消滅後の表見代理)
改正民法112条は、1項と2項からなる規定です。同1項の規定は、次のとおりとなります。
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
民法112条第1項の要件
民法112条第1項の条文を整理すると、その要件は以下のべるとおりとなります。
積極的要件
相手方が民法112条に基づき、本人に責任追及をしようとする場合に、相手方において立証しなければならない事実は、次の3つです。
① 本人が他人に代理権を与えたこと
② 代理権の消滅後に、当該代理権の範囲内で代理行為がなされたこと
③ 代理権の消滅の事実を相手方が知らなかったこと
①民法112条は法定代理に関し、適用があるか、につき補足します。
この記事を書いていた当初、意識していなかったのですが、判例時報第2419号106頁以下の「改正民法が民事裁判実務に及ぼす影響【第5回】意思表示、代理、債務不履行による損害賠償の帰責事由の明確化」と題するコラムにおいて、佐久間教授が解説しているのを見て気が付きました。
同条は、上記の通り「他人に代理権を与えた者は」との文言を用いています。
これは、本人が代理権を与えたことを前提とするものです。
それゆえ、同条の対象となる場面は任意代理権が消滅した場合に限られ、法律上代理権が発生する「法定代理権」が消滅した場面には適用がない、ということになります。
消極的要件
上記3つの積極的要件が満たされた場合、本人は、当該無権代理行為につき、「責任」を負うこととなりますが、他方で、本人は、次の事実を立証することでその責任を免れることができます。
①過失によってその事実を知らなかった
民法112条1項適用の具体例
たとえば、ある商品の売却を目的とする委任契約が解除されたことによって代理権が消滅した後(民法111条)、受任者が当該委任の範囲において、当該商品を売却してしまったとします。
この場合、相手方が、民法112条に基づいて、当該商品を引き渡せなどと請求するためには、相手方において自らの善意を立証する必要があります(同1項本文)。
他方で、当該立証が行われたとしても、本人において、相手方の過失を証明すれば、本人はその責任追及を免れることが可能です。
本人側からすれば、委任契約解除の時点において、委任状を物理的に破棄しておくか、委任状に代理権消滅の記載をしておく、相手方が特定されているのであれば、相手方に対して代理権消滅を通知しておくなどとの対応をとっておくことで、相手の過失を基礎づけることが可能となります。
民法112条1項及び110条の類推適用
民法112条1項は、代理権が消滅した場合の表見代理に関する規定です。したがって、これを直接適用するには、代理権が一度存した、といえることが必要です。
では、一度、無権代理行為がなされて、本人が追認した後、さらに別の無権代理行為がなされた場合はどうでしょうか。
この場合、本人は一度も代理権を、無権代理行為を行った人物に授与していませんから、民法112条1項は直接適用できません。基本代理権を必要とする民法110条についても同様です。
ただ、一度行った追認は、無権代理を有権代理へと変える意思表示であり、別段の意思表示のないときは契約の時にさかのぼってその効力を生ずるものです。
そのため、その追認は、本人が無権代理行為を行ったものに対して、権限を付与していたかのような信頼を相手方に与え得ます。
そこで、最高裁は、上記のように、無権代理行為がなされて、本人が追認した後、さらに別の無権代理行為がなされた場合に関し、民法110条、112条の類推適用の余地を認めています。
「追認は、法律行為の行なわれる前にその代理人を信頼して代理権を与えるものではないが、別段の意思表示のないときは契約の時に遡ってその効力を生ずるものであることは民法一一六条の定めるところである」
「第三者に対する関係においては、Aに権限を付与した外観を与えたものとも解され前記BがAに被上告人を代理して本件根抵当権設定行為をする権限があると信ずべき正当の事由を有したときは、民法一一〇条および同一一二条を類推適用し、被上告人はAのした右行為につき責にに任ずべきものと解すべき余地がある。」
※ 民法110条と112条の重畳適用が目を引きますが、表見代理規定の類推的にように関し、「追認」を基礎としている点も着目に値します。
表見代理の基礎知識に加え、背景理論となる権利外観法理から相手方保護の要件論や民法109条、110条、112条の重畳適用についても、解説した記事です。これを読めば表見代理の知識が深まること、間違いありません。
民法112条2項(代理権消滅後の越権代理)
民法112条第2項は、代理権消滅後の越権代理について規定したものです。その規定の内容は次の通りです。
他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。
要件論
民法改正後にできた新たな規定ですから、要件論の解釈については今後の議論待ちとなりますが、少なくとも条文の体裁上は次の①及び②のような要件を満たすことが必要といえそうです。
①代理権の消滅後に、その代理権の範囲内における無権代理行為がなされた場合に、本人が同1項の責任を負う場合であること
文言を素直に追えば、おそらく、112条2項の適用を求めるには、相手方において、代理権の消滅の事実につき、善意であることの立証をすることを要するものと思われます。
また、文言からは、本人において代理権の消滅の事実につき、相手方が過失により知らなかったことは抗弁となりえるようにも思われます。
なお、ここでは、善意・過失の対象が、相手方が「代理権の消滅の事実を知らなかった」点とされていることに注意してください。次に述べる「正当な理由」の対象と立証命題が異なります。
②相手方との間でその代理権の範囲外の代理行為がなされたこと及びその行為について代理権があると信ずべき正当な理由があったこと
この②は、越権代理がなされたことに加え、越権代理部分につき、相手方に代理権があったと信ずべき正当な理由(実質善意・無過失)を相手方保護要件とするものです。
ここでは、越権部分につき、代理権があったとまで信ずべき正当な理由が要求されており、この立証責任は、相手方に課されるものと思われます。
条文上の要件の整理
条文上の文言を整理すると、民法112条2項後段を適用するに際しては、結局、相手方からは、代理権が消滅していないと信じていたこと、さらに越権部分について代理権があると信じる正当理由を立証する必要があるといえそうです。
他方で本人側からすれば、代理権消滅の事実に掛かる相手方の過失、または正当理由ありとの評価を阻害する事実の立証をすることで、責任を免れることが可能と言えそうです。
追記:Before/After民法改正の説明
改正民法112条2項の要件論について、詳細な解説書に当たれておらず、上記解釈は、管理人において、同条の文言をもとに行った解釈であることご留意ください。以下、追記します。
上記民法112条2項の要件論に関し、一応、塩見佳男先生が執筆陣の一人となっている「Before/After民法改正」(弘文堂初版)という本を当たってみました。
ただ、そこでは、次のように書かれているにとどまりました(P47)。
新112条2項の場合は、本人が代理権を授与したこと、代理権が消滅したこと、代理人が本人のためにすることを示して代理行為をしたこと、相手方が代理人の行為につき代理権ありと信ずべき正当な理由があることが必要となる。
これは正当理由の中において、代理権消滅に関する主観要件を織り込む解釈と思われます。
しかし、新民法112条2項の要件としてこれだけでいいのであれば、民法112条2項の規定ぶりとしては、たとえば次のような規定の仕方(打消部分を削除)でも足りるように思うのです。
<民法112条2項>
「他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。」
文言的に、そう思いません?
上記のような「Before/After民法改正」(弘文堂初版) 解説の要件のみで足りるのであれば、「その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において」の部分が空文化している気がするのです。
一人でこれ以上考えても答えに到達しそうにないので、この点については、もう少し、解説本が充実してから、改めて考えたいと思います。