今回のテーマは民法109条が定める代理権授与表示による表見代理等についてです。
民法は、表見代理につき、109条、110条、112条と、3つの表見代理の類型を置いています。
いずれも、有権代理があったのと同様の責任を本人に生じさせる規定です。以下、109条の要件論を中心に見ていきます。
民法109条の規定
例の如く、条文から確認していきましょう。改正民法後の109条は次の通りです。
第1項
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
第2項
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。
代理権授与の表示による表見代理(109条1項)
109条第1項は、文字通り、代理権授与の表示がなされた場合の表見代理について定めています。
ある者に代理権を与えた旨を第三者に表示した本人は、その代理権の範囲内において、その無権代理人と第三者間でなされた法律行為につき、責任を負うこととなります。
代理権授与表示とは
上記規定に言う「代理権を与えた旨」の「表示」のことを代理権授与表示といいます。
代理権授与表示というのは、は、何らの代理権を与えていないのに、あたかも代理権を与えたかのように表示することです。
実際には代理権を与えていないのに、代理権授与した旨の通知を発したり、委任状を作成して交付したりする行為がこれに該当します(ただし、そういうレベルになると代理権を付与したとの認定に至ることのほうが多く、結果として109条が問題になる場面は少ないと思います。)
また、代理権授与通知書や委任状等のように代理権自体を直接表示すものでなくても、代理権を授与したかのような外観を有する外観を作出したり、名称を付与したりすることも、代理権授与表示に該当しえます。
要は、代理権を与えたかのような外観を有する表示があったといえれば足ります。
たとえば、会社が、単なる平社員に、A取引プロジェクト包括総合責任者などの名称を付すのは、A取引にかかる代理権を当該社員が有しているかのような外観が作出されているため、代理権授与表示に該当しえます。
この点に関し、昭和53年9月21日東京地方裁判所判決は、次のように述べて会社がある従業員に「営業部長」との名称を付与したことが代理権授与表示に該当すると判断しています。
ところで、一般に、営業部長の名称は、営業に関する事項について広汎な包括的代理権を有する商業使用人の呼称であると理解されているのであるから、自己の従業員に対して営業部長の名称の使用を許諾した営業主は、たとえ内部的には営業に関する特定事項について代理行為をなす権限を授与しなかつたものであつたとしても、一般第三者に対しては、右従業員にこのような権限を授与した旨を表示したものというべきである。
したがって、営業主から営業部長の名称の使用を許諾された従業員が、第三者との間において営業に関する事項につき営業主を代理して法律行為をなしたときは、その営業主は、たとえその従業員に対し内部的には代理権を与えていなかつたとしても、第三者に対しては、民法一〇九条により、本人としての責に任ずべきこととなる。
また、109条を直接適用したものではありませんが、最高裁の次の判断も参考になります。ちなみに、同最高裁で109条とともに援用されている商法23条等の法理、というのは現商法24条(表見支配人)の規定を指すものと思われます。
<事案概要>
東京地方裁判所は、「厚生部」が「東京地方裁判所厚生部」という名称を用い、その名称のもとに他と取引することを認め、その職員Aらをして「厚生部」の事務を総務課厚生係にあてた部室を使用して処理することを認めていた。
<判決(規範部分)>
およそ、一般に、他人に自己の名称、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もつてその他人のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであって、このことは、民法一〇九条、商法二三条等の法理に照らし、これを是認することができる。
白紙委任状の交付は代理権授与表示に該当するか
まったく権限を与えていないのに、白紙委任状を交付することは、代理権授与表示に該当するでしょうか。
白紙委任状というのは次のように、受任者欄が白紙のもの(例1)もあれば、委任権限が白紙のもの(例2)もあります。またいずれも白紙のものもあります(例3)
ケースバイケースで考える。
結論を言えば、白紙委任状を交付したという事実だけでは、代理権授与表示該当性は否定されることがあります。印鑑証明書などを合わせて交付していた場合も同様です。
白紙委任状では、だれに、または何を委任したのか、はっきりせず、ある特定の行為につき、本当に代理権を授与したといえるのか、疑問が残り、特定の行為に関する代理権授与の外観に欠ける、と評価される場合があるからです。
したがって、代理権授与の表示に該当するか否かを判断するためには、白紙委任状を作成・交付した経緯等についても検討の上、本当にその代理権を授与したという外観に達しているのか、をケースバイケースで検討することになります。
昭和57年7月19日東京地方裁判所判決
ケースバイケースで考える、という点につき、昭和57年7月19日東京地方裁判所判決を見てみましょう。この判決は、白紙委任状の代理権授与表示該当性が否定されたケースです。
同判決の事案では、本人らが無権代理人に対し、それぞれの名義の白紙委任状及び印鑑証明書を預託し、同無権代理人が本件契約に先立って右各書類を相手方に呈示したことにつき争いがありませんでした。
この事案では、その白紙委任状がある不動産取引にかかる代理権授与表示とみることができるか、が争点となっています。
白紙委任状に対する一般的な評価
この事案において、同判決は次のように述べました。
「一般に人が自己名義の白紙委任状及び印鑑証明書を他人に交付するのは、さまざまな理由に基づく場合があるから、右白紙委任状及び印鑑証明書の所持人がこれらを相手方に呈示したとしても、それだけでは白紙委任状の名義人がその所有不動産につき担保権を設定する代理権の授与を表示したものとみることはできない。」
ここでは、白紙委任状を交付したという事実だけでは代理権授与表示に該当するとは判断できないとされています。
個別事情の総合考慮
また、同判決は、さらに次のような事情(概略をローテキスト管理人にて整理。)を総合的に考慮して、結論としても不動産取引にかかる代理権授与表示該当性を否定しました。
・無権代理人が、契約に先立って相手方に対し、負債を抱え、車2台を担保として提供していたこと
・無権代理人自身も無権代理人名義の白紙委任状等を相手方に差し入れたことがあったこと
・相手方は、その白紙委任状等の使途について、無権代理人に債務不履行があった場合、担保物件たる自動車を換価処分するために必要であると説明していたこと
・相手方が、無権代理人に対して、本人らを連帯保証人にたてるとともに、本人らの白紙委任状を取り付けるよう申し向けていたこと
・本人らが連帯保証人になる契機において白紙委任状を作成・交付していること
結局、白紙委任状が代理権授与表示といえるか否かは、白紙委任状の交付の事実のほか、その周辺事実を考慮に入れ、その白紙委任状の交付が、無権代理行為の対象となった特定の法律行為についての授与表示といえるか否かを総合判断するになります。
相手方悪意・有過失
上記の点をクリアして、仮に代理権授与表示があったとされる場合、本人は原則として無権代理人が行った行為につき責任を負います。
ただ、相手方が、代理権が実際にはないことを知っていた(悪意)、または、不注意により知らなかった(有過失)、と言える場合には、本人はその責任を免れます。
この相手方悪意・有過失の立証責任は本人側にあり、本人において相手方の主観面を根拠づけなければなりません。
もっとも、ここでいう過失は、通常の過失で足りますから、通常であればなすべき注意を怠った故に、代理権がないことを相手方が知らなかった、といえる場合には、過失が肯定されます。
ただ、たとえば、金融機関と一般人とでは、通常であればなすべき注意の程度は異なると解されます。また、作出された外観の程度によっても、過失の認定は異なりうるでしょう。
さらに、抽象的な説明で申し訳ないのですが、そこに委任状に押された印鑑が三文判か実印か、によっても、相手方に求められる注意の程度は異なるものと思われます。
加えて、表見法理が権利外観法理の一種であることを考慮すると、実質面においては、本人の外観作出の帰責性の程度も考慮していいかもしれません。
いずれにしても、過失の有無は、当該取引に至るまでにおける関連諸事情を総合考慮の上、決せられることとなります。
権利外観法理について説明した記事です。権利外観法理の適用に際して本人の帰責性と相手方の主観面につきバランスが維持されることなどを解説しています。
代理権授与表示の範囲を超えた無権代理(民法109条第2項)
最後に、第2項について簡単に。
授与表示と越権代理
第2項は、代理権授与表示の範囲を超えて無権代理行為がなされた場合につき規定しています。
これは、旧民法化において民法109条、110条を解釈において重畳適用していたのを明文化したものです。
表見代理の本質論から説明した記事です。各表見代理の要件などを立証責任の観点を踏まえて整理しています。
正当理由が必要
同2項の場合、同1項のように、代理権授与表示があったというだけで、原則論として本人が責任を負う、という建付けにはなっていません。
本人が責任を負うといえるためには、少なくとも、本人が代理権授与表示をしたことに加え、相手方が、代理権授与表示の範囲を超える代理権があると信じるにつき、正当な理由があるといえることが必要となります。
また、ここにいう正当な理由の立証責任が相手方側に課されます。そして、正当理由とは、授与表示の範囲を超える代理権があることにつき、善意・無過失であること(善意無過失を基礎づける事情のあること)をいうと解されます(※ただし、本人側の事情を加味するという考えも有力)。
したがって、同2項に基づき、相手方が表見代理を主張するには、代理権授与表示の範囲を超える代理権があると信じたこと、またそう信ずる際に、自分が注意すべき義務を果たしたことまで主張・立証する必要があります。
ここでは、そもそも、表示された範囲を超えた法律行為がなされようとしているわけですから、相手方が金融機関などの場合、授与表示の範囲を超える代理権があったと信じ、かつ注意すべき義務(金融機関としての調査義務)を果たしたといえる場面はかなり限定的になるでしょう。