今回のテーマは民法総則に規定された取消しです。
民法は、第120条から第126条に欠けて、取消しの方法や期間制限、取り消しうる行為の追認などについて規定しています。
まずは、取消しの概念を確認し、その後、各条文を逐条で解説します。
条文を追うだけでもかなり大変ですが、民法改正によって内容が新しくなった部分もありますので、一度確認されてみてください。
取消しとは
取消しとは、ある法律行為の成立過程において一定の取消原因がある場合に、一応有効に成立した意思表示を遡及的に無効とする旨の意思表示を指します。
たとえば、未成年者が、バイクの売買契約を締結した場合に、その売買契約当初に遡って、当該売買契約の効力を否定し、無効とする意思表示がこれに該当します。
この場合、売買当事者が未成年者であったことが、取消原因です。
一応有効な行為の効果を否定する
定義上のポイントの一つ目は、取消しの対象となる行為は、現に取り消されるまでは、有効なものとして扱われる、という点です。
この点において、取消しは、法律行為がなされた当初から確定的に効力が否定される絶対的無効とは異なります。
「一応有効な行為の効果を否定する」というのは、なかなか説明が難しいのですが、イメージとしては、たとえば、ブログやホームページの文字の打消線を想定してみてください。
たとえば、私が、本来、「私法は市民のためにある」と書きたかったのに、「司法は市民のためにある」という文章を書いてしまい、これを公開したとしましょう。
当初、公開されたブログの内容はもちろん、「司法は市民のためにある」です。これが有効に公開されている。
他方、これを後になって打ち消すと「司法私法は市民のためにある」となります。
ここでは、後になって、当初の文章の意味を打ち消している(取り消している)わけです。例えとしてあまり上手くはありませんが、これが取り消しのイメージです。
当初は、一応有効であったものの効力を、後になって否定する、これが取消しの性質のイメージです。
取消しの概念については、この関連記事でも説明しています。取り消しを車の半ドアにたとえた記事です。無効は、鍵のかけ忘れに例えてみました。
取消原因
ある法律行為がなされた場合に、いつでも、その効力が否定されるというのでは、契約などを安心してすることはできなくなります。
取消しについても同様で、どんな契約でも、いつでも取消しができる、というわけではありません。ある法律行為を取消すためには取消原因と呼ばれる理由が必要になります。
民法総則に規定される取消の理由を整理すると、次のようになります。
<制限行為能力制度の下における取消し>
・当事者が未成年者であったことを理由とする取消
・当事者が被後見人であったことを理由とする取消
・当事者が被保佐人であり、当該法律行為が単独でできないこととされていたことを理由とする取消し
・当事者が被補助人であり、当該法律行為は、裁判所によって単独でできないこととされた法律行為であったことを理由とする取消
<意思表示の瑕疵を理由とする取消し>
・法律行為が詐欺によってなされたことを理由とする取消し
・法律行為が強迫によってなされたことを理由とする取消し
・法律行為が錯誤によってなされたことを理由とする取消し
なお、取消原因については、後述の民法120条で網羅的に規定されましたので、同条を確認することで、整理が容易になりました。
取消権とは
また、取消自体を行うことを自体も意思表示によって行います。ようは、「取り消します」と相手に伝えなければならないということです。
この取消の意思表示が行われた場合、一応有効であった法律行為の効果が無効になります。
なお、このように意思表示によって、一方的に法律関係を変動させる権利を形成権といいます。取消も、この形成権の一種ですが、取消しに限っては、特に「取消権」という用語が使用されることもあります。
また、ある行為を取り消すには、「取消権」の行使が必要だ、と教科書に記載されている場合、それは、取消の意思表示が必要だ、という意味に置き換えて読むことが可能です。
上記のように、一方的に法律行為を取り消しうる地位というか力は、権利ですから、後述のように時効が観念されます。
また、その権利を行使できるのは誰なのか、権利の行使主体もさらに観念されます。
民法総則においては、このように、取消しを「権利」と構成したうえで、権利の行使主体や行使期間に制約を加えています。
これも「無効」との大きな違いといえます。
条文解説
以上を前提に、民法の条文を確認していきましょう。一部、すでに説明したところもありますが、条文に沿って、見ていきます。
民法120条(取消権者)
民法120条は、取消権を行使できるのは、だれなのか、という点について規定した条文です。この規定のタイトルは取消権者。
第1項
行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)又はその代理人、承継人若しくは同意をすることができる者に限り、取り消すことができる。
第2項
錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
制限行為能力者等による取消し
120条第1項は、行為能力の制限によって取り消すことができる行為の取消権者を定めたものです。
第一義的には制限行為能力者が行った行為につき、本人、その代理人、承継人(相続人など)、もしくは同意権者のみが、取消権を行使できる旨定めています。
また、あまり例はないと思いますが、制限行為能力者がほかの制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、ほかの制限行為能力者も、取消権を行使できる旨、カッコ書きにて定められています。
意思表示の瑕疵を理由とする取り消し
また、120条第2項は、意思表示の瑕疵を理由とする取消しにつき、取消権者を定めています。
瑕疵ある意思表示をした本人、その代理人若しくは承継人(相続人等)が取消権者です。
制限行為能力を理由とする取消しと異なって、同意権者が取消権者となっていないのは、そもそも意思表示の瑕疵を理由とする取り消しについては、制限行為能力制度のような同意権者が観念されないからです。
なお、意思表示の瑕疵については、こちらの関連記事で紹介しています。意思表示の構造や効力発生時期なども含めてご確認いただけると幸いです。
民法121条(取消しの効果)
続いて、民法121条です。この規定は、取消の効果について定めたものです。
第百二十一条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
条文を理解する上でのポイントは、「初めから」、無効であったものとみなす、とされている点です。
たとえば、AB間で不動産売買契約が行われ、Bがさらに目的物をCに売却したのち、AがBとの売買を取り消した、という場合を想定しましょう。
この場合、ABの売買契約は、初めからなかったものとみなされますので、原則論として、Aは、C(取消前の第三者)に対し、不動産所有権に基づいて、不動産を引き渡せ、と主張できます。
初めから、Aは不動産を手放していなかったこととなり、Cは、単に無権利であるBから不動産を購入した、と観念されるからです。
ただ、例外もあります。
たとえば、当該取消しが詐欺を理由とするような場合で、かつ、Cが、民法が別途規定した第三者保護要件を満たす場合、Cは自ら不動産の権利を取得した旨、主張することが可能です。
詐欺取消の要件について解説しています。第三者保護要件なども併せて、いちどご参照ください。
民法121条の2(原状回復の義務)
民法121条の2は、民法改正における新設規定です。取り消しのほか、契約が当初から無効な場合も含め、相手方から債務の履行として相手方から受け取った金銭や物をどうすべきか、について規定しています。
第1項
無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
第2項
前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
第3項
第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
第121の2第1項について
第121条の2第1項においては、無効な行為に基づいて、相手から給付を受けた場合、それは元に戻そうね、原状回復しないといけませんよ、ということが規定されています。
互いに、相手に給付をしていたら、互いに受け取ったものを返して、元々あった状態に戻しましょう、ということです。
条文の文言上、取消という用語は出てきませんが、取消の場合についても、121条の規定が適用され始めから無効であったとみなされ、その結果、第121条の2第1項の原則論が機能します。
第121条の2第2項について
同2項は、上記原状回復の原則論に対し、例外を定めたものです。
ある法律行為が無効、または取り消しうることを知らずに、相手から金銭や物を受領した場合、返還の範囲は原状回復ではなく、現存利益の範囲にとどまるとされました。
現に存在している利益のみ返還すれば足りる、ということです。
第121条の2第3項について
さらに121条の2第3項も、第1項の原状回復の原則に対する例外を定めています。
ある法律行為が行われた当時、当事者の一方が意思能力を有しなかった場合、または制限行為能力者であった場合、同1項の規定にかかわらず(原状回復ではなく)、返還の範囲は、やはり現存利益に限られます。
意思無能力者、制限行為能力者の保護の観点から、返還の範囲を制限したものです。
現存利益についての考え方についてまとめた記事です。いつの時点の現存利益を見るのか、不当利得における現存利益と取消の場面における現存利益とで概念は異なるのか、といった点につき、解説しています。
第122条(取り消すことができる行為の追認)
民法122条は、追認について規定した条文です。取消しを学ばれる場合には、追認もセットで理解しておくことが重要です。
取り消すことができる行為は、第120条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。
追認とは
追認とは、取り消しうる法律行為(一応有効なされた法律行為)を確定的に有効とする意思表示を言います。
追認も取消権同様、形成権です。特に、追認権と呼ばれることもあります。
追認によって、法律行為が確定的に有効となりますので、以後、確定させた法律行為につき、取消しをすることができなくなります。
その意味において、追認は取消権の放棄、とも評価されます。
追認の具体例
たとえば、未成年者がした法律行為につき、親権者が共同でこれを追認した場合、以後、親権者はもちろん、未成年者本人も取り消しをすることができません。
当該法律行為につき、有効に追認がなされた結果、当該法律行為の当初から、契約が有効だったことになります。
民法123条(取消し及び追認の方法)
この条文は、取り消し、追認の方法について定めた規定です。
取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。
この規定は、取消の相手が確定している場合、その取消し又は追認を意思表示によってなすべきことを定めています。
意思表示というのは、法律効果を発生させようとする意思の表示です。
民法は、意思表示につき、原則として到達主義をとっていますので、取消や追認の効力が発生するのは、意思表示が相手方に到達したときです(上記関連記事:意思表示とは参照)。
なお、意思表示は、口頭で行っても効力を生じますが、口頭だと、あとで言った、言わないの争いが生じることがあります。
そこで、取消や追認といった重要な意思表示をする場合には、意思表示を行ったか否かが後で問題とならないよう、書面、特に内容証明郵便で行うのが無難とされます。
民法第124条(追認の要件)
この規定は要件について定めています。
第1項
取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
第2項
次に掲げる場合には、前項の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にすることを要しない。
一 法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をするとき。
二 制限行為能力者(成年被後見人を除く。)が法定代理人、保佐人又は補助人の同意を得て追認をするとき。
本人等による追認について(第1項)
まず、本人や承継人(相続人)が追認をする場合、その前提として、①取り消しの原因となっていた状況が消滅していたこと、かつ、②消権を有することを知っていたこと、が必要になります(第1項。ただし、後述の第2項の同意がある場合を除く)。
たとえば、詐欺取消によって意思表示をした者が、①騙された状態のままで、「追認をする」との意思表示をしたとしても、追認の効力は発生しません。
なぜなら、騙された状態のままで追認をした場合に、確定的に当該行為を有効にするのは、民法が、被欺罔者に取り消し権を与えて、その保護を図ろうとした趣旨に反するからです。
未成年者取消や成年被後見人を本人が取り消す場合も同様です。
また、詐欺取消によって意思表示をした本人が、騙されたに気付いたうえで、追認をしたとしても、その追認が、当該本人が取消権を有することを知らずしてなされたものである場合、やはり追認は効力を有しません。
なぜなら、追認権は取消権の放棄としての側面を有するところ、権利の存在を知らずして、これを放棄する、というのは背理だからです
法定代理人の追認、または同意を得た追認(第2項)
他方で、制限行為能力者の法定代理人が、自らの判断で追認をする場合には、取消しの原因となっていた状況が消滅したことを要しません(同1号)。
制限行為能力者が追認につき、本人に同意を与えたうえで、本人が追認する場合も同様です(同2号)。
なぜなら、これらの場合には、判断能力を十分に有する法定代理人が、法律行為を確定的に有効とすることを望んでおり、追認の効果を認めても本人にことさら不利になる、とは考えにくいからです。
民法125条(法定追認)
この規定は、いわゆる法定追認について規定したものです。追認の意思表示がなくても、法律上、追認したものとみなさてしまう事由を規定しています。
追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
一 全部又は一部の履行
二 履行の請求
三 更改
四 担保の供与
五 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
六 強制執行
追認権者が上記の1号ないし6号の行為を行った場合、追認の意思表示がなくても、原則として、追認があったものとみなされます。
たとえば、債務の履行(1号)や、履行の請求(2号)など、同各号に規定された事実は、本人などが、取り消しうる法律行為を有効なものすることを前提とした行為です。
これらの行為がなされる場合、本人なども、事実上、追認をする意思があるのが通常ですし、相手方としても、法律行為が取り消されることなく、確定したものと期待するのが自然です。
そこで、上記1号ないし6号の行為がなされた場合には、原則として、追認権が行使されたものとみなされてしまうわけです。
ただし、上記1号ないし6号の行為を為すに際して、将来取消権を行使する場合があると留保しておくなど、異議をとどめておいた場合はその限りではありません。
また、条文上、「追認をすることができる時以後に」、とされていますから、法定追認が生じるためには、前条の民法124条の要件を満たしていることが必要条件となります。
したがって、詐欺取り消しにつき、騙された状態のままで履行の請求(125条2号)などを行ったとしても、これでは法定追認の効力は発生しません。
民法126条(取消権の期間の制限)
民法126条は、取消権の期間の制限について定めています。
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
第1項 消滅時効
取消権は、時効によって消滅します。具体的には、追認をすることができるときから5年間で、時効消滅します。
条文上、「追認をすることができる時から」とされていることからも明らかなとおり、時効期間の起算が開始するのは、民法124条の要件を満たした場合です。
なお、小さな論点ですが、取消によって生じる原状回復請求権は、何年の消滅時効にかかるのか、という論点があります。
たとえば、詐欺にかかって、100万円を相手方に交付していたとします。この詐欺取消の消滅時効は、追認を為しうる時から5年です。そして、この詐欺取消が、追認しうる時から5年経過する直前になされたとしましょう。
この場合、当該取消によって、取消権者は、相手方に原状回復請求権(上記民法121条の2)を行使することが可能です。100万円を返せと言えます。
では、この原状回復請求権はいつまで行使できるのでしょうか。
この点につき、取消の消滅時効期間が5年とされている以上、原状回復請求権も、取消の消滅時効期間の範囲で行使しなければならない、という考え方もあります。
ただ、民法改正前の従来の学説によれば、原状回復請求権は、取消の消滅時効とは別の時効に服すると解するのが一般的でした。
したがって、その立場による場合、原状回復請求権の消滅時効は、詐欺取消の後に、進行を開始することになります。そして、原状回復請求権は債権的請求権の一種と解されますから、消滅時効期間は、5年ないし10年間になると思われます(改正民法166条)。
第2項 除斥期間
さらに、第2項は、「行為の時から二十年を経過したときも、同様とする」と定めています。
この規定の趣旨については、議論がありえますが、教科書などでは、除斥期間と説明さえることが多いようです。
除斥期間と考える場合には、消滅時効の場合に必要とされる援用の意思表示は不要とされ、また、時効の完成猶予などの規定も適用がない、ということになります。