オリンピック中止・延期の場合、チケットキャンセルで払戻し・返金請求できる?

新型コロナウイルスの影響でオリンピックの開催中止や延期が盛んに議論されています。

オリンピックが中止や延期になった場合、すでに支払ったチケット代はどうなるのでしょうか、キャンセル・返金がきくのでしょうか。

東京2020チケット購入・利用規約

上記の点を考える際によりどころになるルールが東京2020チケット購入・利用規約です。

参考:東京2020チケット購入・利用規約

これ以外にも、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、当法人、あるいは組織委員会ということがある。)がチケットに関して定める規則があるようなのですが、チケットを買っていない私には発見することができませんでした。

補足 
法律を勉強中の方は、IOCが中止あるいは延期と判断した場合に、チケットの払い戻しを受けられるか、私の記事を読む前に、上記規約をぜひ一度読んで検討してみてください。法律文言解釈のための勉強の格好の素材となっています。

上記規約を見ると、オリンピックが中止される場合と延期される場合については、思考過程を分けて考えた方がいいようです。

以下、関連規定を見ていきましょう。

中止の場合

まず、IOCが新型コロナウイルスのためにオリンピックを中止にした場合です。

なお、以下、オリンピックにおける各種競技大会や開会式などのイベントのことを「セッション」ということがあります

規約第39条 セッションの中止について

セッションの中止については、実は上記規約39条に規定があります。

第39条(セッションの中止)
1.当法人は、自らの裁量により、セッションを中止することができます。(以下一部略)
2.セッションが中止される場合には、当法人は、合理的な範囲でチケット購入者に事前に中止の旨を通知するように努めますが・・・(一部略)当法人では、セッション開始前にチケット保有者にセッションの中止の連絡が行なわれることは保証しません。
3.セッションが中止された場合は、チケット購入者は、東京2020チケット規約に従って払戻しを申請することができます。

上記の内、第3項に従えば、チケット代金については払い戻しが受けられるように思います。第3項は、単に「中止された場合・・・払戻しを申請することができます」と書いてあるのだから、当然、返金を受けられるでしょ?という解釈です。

しかし、39条3項の「セッションが中止された場合」は、39条1項を受けてのものでしょう。39条全体を見渡した時、少なくともそういう主張は成り立ちえます。

この場合、39条3項が機能するのは、「裁量により中止された」場合であり、IOCが中止を判断して、「不可抗力によりセッションを中止したとき」に適用される規定ではない、と読むことになりそうです。

つまり、規約上は、当然に払い戻しができると読むことはできない、という結論になります。

民法の規定

ただ、規約に規定がない部分については、法律が適用されるのが建前です。

そして、不可抗力により組織委員会が義務を履行できない場合につき適用されるのが民法536条1項です。

民法536条1項
前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

この規定によれば、不可抗力でオリンピックが中止となり、組織委員会が義務を履行できない場合、債務者たる組織委員会は、反対給付を受ける権利を有しません。つまりチケット代金を受け取る権利を有しないということです。

この規定により、不可抗力でオリンピックが中止となった場合、組織員会は、払戻しに応じざるを得ないように思います。

免責規定について

なお、東京2020チケット購入・利用規約は、その46条において、不可抗力の場合の組織委員会の免責について定めています。朝日新聞は、この規定を根拠に、オリンピックが中止となった場合、規約上、払い戻し不可と報じました。

46条
当法人が東京2020チケット規約に定められた義務を履行できなかった場合に、その原因が不可抗力による場合には、当法人はその不履行について責任を負いません。

私も一時、上記報道に引っ張られ46条の解釈を怠っていましたが、よくよく46条を見てみると、同規定は、義務不履行が不可抗力による場合、組織委員会は、「不履行について責任」を負わない、と定めているにすぎません。

「不履行について責任」を負わないという法律効果の部分の規定は、危険の「負担」をどうするかについては定めておらず、文言上は、組織委員会は、義務不履行の責任、つまり債務不履行責任を負わないよ、と定めたものと解するのが自然なように思います。反対給付を受ける権利の有無について規定したわけではない。

そうすると、上記46条の規定にかかわらず、オリンピックが中止となった場合には、チケット購入者は払い戻しが請求できる、ということになります。

<補足>
なお、46条が危険負担について定めていると解した場合は、民法上の請求を維持するために、チケット購入者は、この規約が無効であると主張しなければなりません。

その根拠としては、消費者契約法が挙げられます。

これが通れば払い戻しを受けることは可能ですが、ただ、これは諸般の事情を考慮して決せられるので、実際、裁判をしてみないと分からないところだと思います。

延期の場合

中止の場合よりやっかいなのはむしろ延期の場合です。

規約37条について

セッションの延期については、同規定37条に関連規定があります。

第37条(セッションの変更)
1.セッションのスケジュールは、天候、大会運営状況、安全性確保等の事情により、当法人の判断により、前倒し、遅延、中止、中断、延期などの変更がされる場合があります。当法人は、東京2020チケット規約に明記されている場合を除き、セッションのスケジュール変更によりチケット利用者に生じた損失については、責任を負いません

この延期については、中止の場合と異なり、規約に「払戻しができる」という規定すらありません。また、規約上、延期がそもそも想定されていた、ということになれば、民法536条の問題にもならない可能性があります(民法536条1項が規定する「債務を履行することができなくなった」との要件を満たさない可能性がある)

そうだとすれば、コロナウイルスの影響で、開催が遅れて1年延期した、という場合でも、チケット購入者は、規約を根拠には払い戻しを請求することはできない、という結論になります。

結局は政治判断

上記の通りですから、コロナウイルスの影響でオリンピックが延期された場合、チケット購入者は、当然には払戻請求をすることができないものと思われます。

そうすると、実際問題払い戻しがなされるのかどうかは、結局は政治判断になりそうです。

この点、陸上競技の開催地が東京から札幌に変更された際、組織委員会は払戻しを認めました。規約上、この場合の組織委員会側の払戻義務の有無もはっきりしないところではありますが、結論として払戻しがなされています。

実際、オリンピックは延期というときに、払い戻しがなされないとすれば、内閣の支持率に与える悪影響は大でしょうし、訴訟も頻発してしまうかもしれません。

義務としてはともかくも、政治判断として、実際には払戻しがなされる可能性はそれなりにあるように思います。