平成30年8月に、順天堂医院での新生児取り違えが報道されました。
あかちゃんの取り違えは事実として発生しています。対策・防止が十分でなかった第2次ベビーブームのころには、15年程度の間に、取り違えが500件程度発生していたのではないかとも言われています。
また、何年か前の話ではありますが、やはり病院があかちゃん、新生児の取り違えた、というセンセーショナルなニュース(60年前赤ちゃんの取り違えが生じた事件)が報道されました。
この60年前の赤ちゃんの取り違え事件に関し、今回、その後の平成25年に出た東京地裁の判決(平成25年11月26日判決)を見る機会がありましたので記事にします。
判決文に見る事案
この事案において、新生の取り違えが発生したのは、昭和28年頃です。発覚したのは、平成24年前ですので、取り違えが生じたのは、発覚の約60年前ということになります。
<事案の内容>
取り違えられた一方当事者(以下、Aさんといいます。)は、ある夫婦の四男として、兄弟とともに生活していました。
ところが、Aさんが2歳の時、父親が亡くなり、その後は、母親Cさんが生活保護を受けながらAさんらを女手一つで育てたとされています。
その生活は楽なものではなく、家族4人が6畳のアパートで生活し、当時同級生の家庭に普及しつつあった家電製品が何一つないという状況だったようです。
Aさんの兄二人は、中学卒業後、すぐに働き始め、Aさんも、家計を助けるため、中学卒業とともに町工場に就職しました。
その後、Aさんは、高校へ進学したいとの思いから、自分で学費を捻出し、働きながら定時制の工業高校へ進学し、その後卒業したが、大学への進学は望むべくもありませんでした。
Aさんは、町工場を退職後は、配送トラックの運転手として働くようになり、勤務先を変えつつ、現在もトラックの運転手として働いていたとされています。
これに対して、取り違えられたもう一方当事者(以下、Bさんといいます)の夫婦は教育熱心な上、経済的にもゆとりがあったようです。
その夫婦の下で養育されたBさんや、Bさんの御兄弟は、私立高校を経て大学又は大学院に進学し、原告X2ら3名は一部上場企業に就職しています。
慰謝料について
この事案で、判決は、Bさんに生じた精神的苦痛を賠償するための慰謝料として、次のように述べました。
!<慰謝料部分に関する判決の骨子>
Aさんは、本件取り違えにより、出生とほぼ同時に真実の両親と生き別れ、その後、平成24年1月頃まで、約59年もの期間、真実の両親及び兄弟を知ることなく、肉親との交流を一切持つことができなかったものである。
しかも、実母は平成11年4月2日に、実父は平成19年10月7日に亡くなっており、真実の親子が対面し、共に家庭生活を送ることは二度とかなわないことである。
確かに、Aさんは、cさんの愛情を受けて育ったと考えられるが、そのことによって真実の両親との交流を永遠に断たれてしまった衝撃と喪失感を償いきれるものではなく、特に、このような事態が、関係者の誰も望まなかった本件取り違えという不幸な出来事によって招来されたものであることを考えると、その無念の心情は察して余りがある。
以上に加えて、家庭環境の違いにより、Aさんが大学における高等教育を受ける機会を失ったことは上記のとおりであり、これも慰謝料の算定要素として、強く考慮されるべきである。
これらの事情を総合的に勘案して、原告X1の精神的苦痛に対する慰謝料の額は、これを3000万円と認めるのが相当である
慰謝料の額は・・・
そもそも、事案の性質上、この問題は、Aさん、Bさんのアイデンティティー、個人の尊厳にかかわる問題でであって、病院が賠償すれば済むお金の問題ではないのだと思います。
しかし、そうはいっても、法律上の解決手段としては、やはり慰謝料で考えるしかない。
ただ、約59年、自分が、病院で取り違えられたんだ、実父・実母だと思っていた人がそうでなかったんだ、しかも、もう実父・実母には会えないんだ、と知った時の衝撃たるや。
判決は、「無念の心情は察して余りある」と述べますが、Aさんの心情はもう誰にもうかがい知れない領域だと思います。
今、人が亡くなった交通事故において、その死亡に関する慰謝料の目安は2800万円とか、3000万円などと言われています。
今回の取り違えの慰謝料は、3000万円とされており、これに匹敵するレベルですので、裁判所としては、最大限の斟酌をしたのだと思います。
しかし、事案が大きく違いますから、交通事故の死亡慰謝料と比較することの意味はあまりないし、判決を見たときの率直な感想は、3000万円!?これ貰えたとしても、私ならぜんぜん許せない、というものでした。
そもそも今回の事案が、アイデンティティー・個人の尊厳にかかわるものであること、約60年にわたって、両親を知らず、両親との交流することもできないままの生活を強いられたことなどに照らすと、慰謝料が3000万円でいいのか、私は疑問に思うところです。
皆さんならどうでしょうか。