今回のテーマはマンション管理組合が保有する各種文書を区分所有者が謄写請求することの可否についてです。
マンション内で紛争・もめ事が発生すると、管理組合の運営を巡って、区分所有者から各種資料の閲覧・開示請求がなされることがあります。
たとえば、総会議事録を出せ、理事会議事録を見せろ、などと区分所有者が管理組合に対して請求をしていくわけです。
その内、特に問題となりやすいのが、会計帳簿や会計帳簿の裏付けとなる伝票類についての謄写です。
マンション管理組合の管理組合の会計帳簿等について
マンション管理組合の会計帳簿について一旦整理しておきましょう。
会計帳簿というのは、仕訳帳や総勘定元帳、各種補助簿等、マンション管理組合の経理を記した帳簿類をいいます。
「帳票類」というときは、会計帳簿のほか、会計帳簿への記載の裏付けとなる伝票等の資料を含めたものです(以下、両者を合わせて会計帳簿類といいます)。
これに対して計算書類というのは、財務諸表などを指します。
上記の内、マンションで経理をめぐる紛争が発生した際、しばしば謄写請求の対象となり、紛争が発生するのは、会計帳簿とその裏付けとなる伝票類(会計帳簿類)です。
閲覧・謄写についての規定
ここで、閲覧・謄写に関する区分所有法・管理規約上のルールを確認しておきましょう。
区分所有法上のルール
まず、区分所有法についてですが、上記会計帳簿類に関し、法律上閲覧・謄写を明示的に規定する条文はありません。
会計帳簿類のほか、閲覧・謄写の対象となりやすい書類を整理すると次のようになりますが、会計帳簿類については、区分所有法上に閲覧・謄写の根拠はないわけです。
上記文書の内、区分所有法に根拠があるのは、総会議事録の閲覧請求だけです。
その他の文書については閲覧請求の根拠はなく、また、謄写請求の根拠は、区分所有法にないということになります。
管理規約上のルール
次に管理規約上のルールについてです。
ご想像の通り、管理規約は、管理組合ごとに異なるため、会計帳簿類につき区分所有者からの閲覧・謄写請求が認められているかという問いに対して、全てのマンションで共通する統一的な答えというのを出すことはできません。
ただ、標準管理規約第64条によると、次のように規定されています。
「理事長は、会計帳簿、什器備品台帳、組合員名簿及びその他の帳票類を作成して保管し、組合員又は利害関係人の理由を付した書面による請求があったときは、これらを閲覧させなければならない。この場合において、閲覧につき、相当の日時、場所等を指定することができる」
この標準管理規約と同等の規約を定めたマンションにおいては、原則として、各種書類(会計帳簿や伝票をも含む)の閲覧を区分所有者に認めることとなります。
そして、近時、多くの管理組合もこの標準管理規約を参考に規約が作成されています。
そのため、近時においては会計帳簿の閲覧請求の可否自体が争われるケースは少なくなっているものと思われます。
管理規約に明文の規定のない会計帳簿類の謄写請求
しかしながら、標準管理規約によっても、閲覧までは規定があるものの、謄写(コピーさせろ)までは、規定がありません。
したがって、同規約においても謄写請求は、少なくとも明文の根拠を欠く、ということになります。
そこで、当然のように問題となるのが、管理規約に明文の規定のない会計帳簿類の謄写請求です。
管理規約に明文の規定がない限り、区分所有者は会計帳簿類の閲覧・謄写請求をすることはできないのでしょうか。
謄写請求を否定する説
上記の論点に関しては、当然のことながら、明文に規定のない会計帳簿類の閲覧・謄写請求は認められない、という見解が存在します。
たとえば、平成23年9月15日東京高等裁判所判決は、管理規約に、会計帳簿や帳票類の閲覧請求については明文の規定があったものの、謄写請求について明文の規定を欠いていたという事案で、次のように述べて、謄写請求を否定しました。
本件規約で閲覧請求権について明文で定めている一方で、謄写請求権について何らの規定がないことからすると、本件規約においては、謄写請求権を認めないこととしたものと認められる。
自治規範たる管理規約の規定の文言を重視した解釈です。
謄写請求を肯定する説
他方で、肯定説も存在します。
上記平成23年9月15日東京高裁判決の原審
上記判決の原審は、次のように述べて閲覧のみならず、謄写請求も肯定しました。
特に会計帳簿等にあっては、多年度にわたり、相当の量があると思われる場合には、数字の検討、対比を要し、閲覧のみでは十分に目的を達成できない場面が容易に想定されるから、閲覧請求権を認める前記趣旨に鑑み、閲覧請求権の対象となる文書については、閲覧に加えて謄写も求めることができると解するのが相当である。
但し、閲覧等が被告の側に一定の負担を強いるものであることは否定し得ず、あくまで社会通念上相当な範囲で被告の対応を求め得るにとどまるべきところ、会計帳簿等をその備え付け場所から持ち出して謄写することまで認めるのは相当でなく、謄写機器の発達により対象文書を持ち出さずにその場で短時間で謄写することも可能であることを勘案すると、謄写の請求は、これらの書類の備え付け場所で謄写を求める限度で理由があると解するのが相当である。
大阪高裁 平成28年12月9日判決
その他、民法645条を類推適用して、写真撮影も認めた裁判例(実質的に肯定説に属する)も存在します(大阪高裁 平成28年12月9日判決)
<民法645条の類推適用について>
管理組合と組合員との間の法律関係が準委任の実質を有することに加え、マンション管理適正化指針が管理組合の運営の透明化を求めていること、一般法人法が法人の社員に対する広範な情報開示義務を定めていることを視野に入れるならば、管理組合と組合員との間の法律関係には、これを排除すべき特段の理由のない限り、民法六四五条の規定が類推適用されると解するのが相当である。
したがって、管理組合は、個々の組合員からの求めがあれば、その者に対する当該マンション管理業務の遂行状況に関する報告義務の履行として、業務時間内において、その保管する総会議事録、理事会議事録、会計帳簿及び裏付資料並びに什器備品台帳を、その保管場所又は適切な場所において、閲覧に供する義務を負う。
<写真撮影について>
民法六四五条の報告義務の履行として、謄写又は写しの交付をどの範囲で認めることができるかについて問題となるところであるが、少なくとも、閲覧対象文書を閲覧するに当たり、閲覧を求めた組合員が閲覧対象文書の写真撮影を行うことに特段の支障があるとは考えられず、管理組合は、上記報告義務の履行として、写真撮影を許容する義務を負うと解される。
ただし、私見ですが、結論はともかくも、この大阪高裁の判決は、団体としての管理組合と区分所有者との間の委任関係を実質的に観念して委任の類推適用を行っている点、委任の報告義務の履行として写真撮影まで認めている点で、理論根拠はおかしいと思っています。
・団体と構成員との関係を実質委任関係とみるのは、従来の団体法理(団体内部関係の規律)とは大きく異なる
・民法における委任契約上の報告義務の履行に一定の方式はない。相手方の行為を認容すべきというのは、従来の報告義務の性質とは大きく異なるのではないか。
大阪高裁平成28年12月9日判決については、おかしいと思っている点はほかにもあるのですが、とりあえずこの2点については、より慎重な検討が必要だったのではないかと思います。
まとめ
まとめと言っていいのかははばかれますが、現状、会計帳簿類の謄写請求については、上記肯定説・否定説が相争っている状況です。
明確にこうだ、といえる状況ではありません。
今後、意見として変わる可能性はありますが、現状の私見としては、団体自治における管理規約の最高規範性を重視し、原則的には否定説に与しているところです。管理規約に謄写を可能ならしめる趣旨が読み取れるか否かで判断すべきという考え方です。
管理組合としては、一度謄写を認めてしまうと、以後も、すべての区分所有者からの謄写請求を認めなければならなくなる、との懸念があるところでしょう。その負担は必ずしも軽くないでしょうから、管理組合がその負担を負うべきかは、全区分所有者を構成員とする管理組合の自治(規約自治)にゆだねられるべきではないでしょうか。
最高裁による統一的な見解が求められる論点ともいえそうです。