飲食店や小売業などにおいて、残業代が固定されているケースは少なくありません。昨今、多いのは、月40時間を目安の残業時間として、40時間分の固定残業代を労働者に支払う、というケース。
たとえば、就業規則において、月金5万円を40時間分の固定残業代として支給する、とされている場合、労働者たる従業員は、1時間でも40時間、残業を行ったとしても、5万円の残業手当の支給を受けることになります。
ただ、こうした制度がとられている場合、そもそも、疑問に思われるのは、40時間の固定残業時間って長すぎないか、あるいは、その時間の対価として定められた固定残業代の金額(上記例でいえば5万円)って適正なのだろうか、という点だろうと思います。
40時間ないし45時間を基準とするのは、残業時間として長すぎないか。
まず、40時間、45時間等を固定残業代制度における残業時間の基準とすることに問題がないか、という点についてです。
標準の範囲内の残業時間といえそう
この点に関しては、現行の労働基準法のもとでは、違法とまではいえず、むしろ実務的に40時間という時間は、標準の範囲内とも考えられます。
今、私の手元に、「定額残業制と労働時間法制の実務」(労働調査会 編集代表弁護士峯隆之 初版)という本がありますが、この本には、次のように記載されています。
「36協定の限度基準が全ての理由ではないことは当然の前提とした上で、無用な紛争予防の観点からは敢えて45時間以内の設計に留めておくことが無難でしょう」
この説明に照らせば、月40時間、月45時間を残業時間の基準としても、それのみをもて問題があるとはいえない、ということになります。
80時間を超える残業時間が定められていたケース
上記に関連して、近時、月の固定残業代の基準となる残業時間が80時間と定められていたケースで、これが公序良俗に反して違法ではないか、と裁判で争われたケースがあります
ごく大雑把に言えば、このケースにおいて、第一審は、公序良俗に反せず、無効とはいえないとの判断を示し、第二審は、公序良俗に反して無効である、との判断を示しました。
80時間のケースにおいて、地裁と高裁とでようやく判断が割れるのですから、40時間、ないし45時間を基準とすること自体は問題視しにくいと思われます。
40時間・45時間を基準とする固定残業代の計算方法
固定残業代が定められていたとしても、それが本来の残業代より低ければ、労働者にとってメリットはないですよね。
そこで、次に、0時間、45時間を基準とする場合を例に、固定残業代の金額が適正かをチェックする計算方法について見ていきます。
計算の大前提として、固定残業代制度を採用したからと言って、残業代の算定方法に変わりはありません。
大雑把に言えば、「①時給単価×②1.25×③固定残業時間」を計算して得られる金額が、固定残業代の金額を下回っていないか、がチェックのポイントです。
40時間の残業時間が基準とされている場合
たとえば、基礎月給(残業代の基礎となる月給)30万円の人が、40時間を基準とする固定残業代制度の下、月額5万円の固定残業代を受領していたとします(総額35万円)。
これをもとに、「①時給単価×②1.25×③固定残業時間」の計算式でチェックします。なお、この計算式の細かい解説は長くなりますので、今回は一旦措いておきます。
①時給単価
まず、①時給単価についてですが、月の所定労働時間が173時間(これは会社によって前後しえます)だとすると、この方の時給単価は、約1724円です。
②1.25倍
これに、1.25倍をしてみると、2155円。これが残業1時間当たりの単価です。
③固定残業時間
これに固定残業時間40時間をかけてみましょう。その結果は、8万6200円。
固定残業代5万0000円は安すぎた。
この方は、本来40時間残業すれば、8万6200円もらえたのに、固定残業代としては、5万円しかもらえていません。
上記の例の下では、固定残業代の額として、5万円は安すぎる、ということになります。
なお、一月の所定労働時間が173時間の場合、残業時間40時間を基準として、固定残業台5万円が適正になるのは、次の表からも明らかなとおり、基礎月収が、17万3000円の場合です。これを下回ると、低廉な固定残業代が設定されている、ということになります。
基礎月給が、16万3000円の上記③の場合、固定残業代が50000円とされるのは、労働者にとって、2890円お得ですが、他方で、基礎月給が18万3000円の方の固定残業代が50000円とされるのは、2890円分、損ということになります。
適正な残業手当の算定方法についての補足
なお、思考法としては、残業時間を40時間とする固定残業代に関して、自分の固定残業代の金額が適正か否か、目安を知りたければ、固定残業代÷50が時給単価を超えているか否かをチェックするのが簡便です。50というのは40×1.25のこと。
上記①の例では、50000円÷50=1000円。これが上記①にある時給単価1057円を下回っているので、固定残業代としては足りていない、という結論になります。
45時間の例
理解を深めるために45時間の例も見てみましょう。45時間が残業時間の基準とされる場合で、固定残業代が10万円だったとします。
この場合、基礎単価がいくらの人であれば、10万円の固定残業代は適正といえるでしょうか。
基本となる計算式は、やはり次の通り。
①時給単価×②1.25×③45時間(固定残業時間)=残業代
この式にしたがって割り出すと、基礎月給が30万7556円の方が、45時間時間外労働をして、ちょうど10万円の残業代が得られます(所定労働時間が173時間の場合)。
したがって、基礎月給30万7556円の場合、固定残業代としては適正ですが、基礎月給が30万円を上回る場合、固定残業代の金額としては安い、労働者にとって損、という計算になります。
なお、45時間を基準とする場合のチェックのための思考法としては、固定残業代÷56.25が時給単価を超えているか否かです。
固定残業手当が、本来もらえる額より低い場合
残念なことに、固定残業代を採用する企業においては、本来、労働者がもらうべき金額よりも低い固定残業代が定められていることが少なくありません。
従業員全員、固定残業代は一律5万円などとしている会社は要注意。従業員間でも基礎月収に差があるのが通常ですから、どの従業員にも適正な一律の固定残業代を定めることは、もともと難しいところです。
上記40時間の例、45時間の例で挙げた①のケースのように、本来もらえるべき残業代より低い金額の固定残業代が定められている可能性があります。
裁判上争いうるが・・・
このように、本来もらえるべき金額より低い金額の固定残業代が定められているケースにおいて、労働者は使用者たる会社に、適正な残業代の支給を求めて争いえます。
ただ、現実には困難を伴うことも多いといわざるをえません。どこまで請求しうるのか、本格的な検討は、弁護士と協議して行うのが一般的でしょう。
基準となる残業時間を超えて時間外労働がなされた場合
なお、目安となる残業時間を超えて、労働者が時間外労働をした場合、法律上、その残業部分には、残業代が付加されます。
上記例でいえば、月に40時間ないし45時間を超えて残業した部分には労基法所定の割増賃金が支払われるのが法律の立て付けです。
固定残業代が不当に低い場合には、この部分も含めて、残業代に強い弁護士に相談されてみてください。